九月の土曜サロン報告――小林晋さんをお迎えして
九月七日の土曜サロンは小林晋さんをゲストに「レオ・ブルースとともに歩んだ海外未訳探偵小説探求四十年」と題して、学生時代の洋書渉猟から日曜翻訳家へ、そしてプロとして海外ミステリの紹介に努めておられる現在に至るまでをうかがいました。
たまたま病気のとき、お父さんの書庫でホームズものの「ボヘミアの醜聞」に出会い、さらに教科書に載っていた「大渦巻」が面白かったことからポーの話となり、すすめられて読んだ「黄金虫」の面白さにのめりこんだとか。お父さんは脚本を書くのを趣味としており、後に小林さんがカーの『ビロードの悪魔』を読んだとき、由比正雪の乱を背景に翻案できないかという話になったそうですから、ミステリ環境としては恵まれていたわけです。
高校時代にはガリ版刷り同人誌を作り、大学でも同様の活動を続けるうち、乱歩の『幻影城』(正・続)に、いかにも面白そうな未訳作品が大量に列挙されているのに興味を惹かれます。ほどなく新宿紀伊国屋書店で洋書の取り寄せができることに気づき、シリル・ヘアー最後の長編『いつ死んだのか』を手にしたのを皮切りに、日本人には難物のマイケル・イネスに挑んだりするうち、日本では『死の扉』しか翻訳されていなかったレオ・ブルースと出会い、その本格ミステリとしての面白さ、文章の読みやすさに魅了され、日本におけるファンクラブを組織するまでになります。
「日本のミステリは英米のそれより××年遅れている」という言説が常にあったように、翻訳も同時代の作品を追い続けてきたわけですが、それは半面、古典本格を愛するファンを置き去りにし、小林さんたちのような活動を生みました。それが一九九〇年代後半に流れが変わり、国書刊行会の世界探偵小説全集を生んだことは、来聴の藤原義也さん(藤原編集室)から補足がありました。
退職を経て、今はプロの翻訳者として活動しておられる小林さん。同席された扶桑社の吉田淳さんによると、企画案を出して出版を検討してもらうのではなく、いきなり一冊まるごと訳して提出され、採否を問われるとのこと、なるほどこれはチャレンジングだと膝を打ちました。
また、今や創作にまで入りこんでいるAIについては「自分で原書を読んで翻訳する楽しみを機械なんかに奪われてたまるか」とのことで、これにはなるほど納得のほかありませんでした。
(芦辺 拓)