土曜サロン

二〇二三年の「土曜サロン」報告の補遺

芦辺拓

 すでに会報上でご報告の通り、復活土曜サロンは会場を変え、有志のご協力で開催されておりますが、昨年の最後二回については報告が未掲載であったことに気づきました。書くだけ書いて「あれ、載ってないな」と首をかしげながら、それきり忘れてしまうという老化現象の産物で、まことにお恥ずかしい次第です。せっかくゲストにおいでいただいた方々にも申し訳なく、以下のようにまとめさせていただくことにしました。

【補遺その1】
 二〇二三年九月十六日の土曜サロンは、春陽堂書店の永安浩美編集長をお招きし、「復活!春陽文庫」と題し、大衆小説の宝庫と言われた春陽文庫の過去の百花繚乱、そして昨年スタートして大きな反響を呼んだ同文庫の復刊などについてお話をうかがいました。
 永安さんが入社されたころは、毎月大量の新刊文庫を出すかたわら、明治以来の「文士の世話をする」社風から同社でしか本を出せない作家を大事にしたり、社内で雑用をこなす書生さんのような存在がいたりしたとか。それがいつしかフェードアウトしていったのは活版印刷にこだわり、韓国で組版した紙型を日本に送って印刷するなどしていたが、それが次第に困難になっていったせいと聞き納得しました。
 また今回の復刊は司馬遼太郎、池波正太郎、山田風太郎といった有名どころからスタートしたが、より春陽文庫的な作家はまた別にいるのではないか、また新たな作家と作品を取り入れていかなくてはならないのではないかという熱意には実に頼もしいものを感じました。

【補遺その2】
 二〇二三年最後の開催となった十一月二十五日の土曜サロン(再開第四回)は、旧・江戸川乱歩邸の見学を行ないました。乱歩邸がこの年の十二月二十日をもって公開を一時終了することにともなっての企画でしたが、公開スケジュールの発表時期の関係で告知が会報には間に合わず、SNSとメールでのお知らせのみになってしまいましたが、幸い会員外三名を含む十一人の方々に参集していただくことができました。
 二〇〇二年に立教大学の管理下に入ってからは、有名な土蔵は戸口にアクリル板を貼られ、中に立ち入ることは特別な場合を除きできません。松野一夫画伯描く肖像画のかかる、マントルピースつきの応接間も窓の外からかいま見るのみでした。しかし、その分、建物の外形についてよく認識する好機ともなり、非常に奥深い空間に見えた土蔵が、外から見れば意外にコンパクトであること、ふだんは見落とされがちな庭の造りなどに談議がかわされたことでした。
 「戦後の乱歩と『レヴュー殺人事件』展」「乱歩と四代目中村雀右衛門」の展示もあり、建物の周囲をひたすら巡る風変わりな見学ツアーとなりました。
(芦辺 拓)