日々是映画日和

日々是映画日和(130)――ミステリ映画時評

三橋曉

 タイムループものをミステリ映画と捉えるのは少数派かもしれないが、ループがもたらす効果と、反復の蟻地獄から主人公が抜け出そうとする試行錯誤は、ミステリの謎解きに通じるスリルがあると思う。サンダンス映画祭での上映をきっかけに、コロナ禍の中、配信とドライブイン・シアターで人気を博したという『パーム・スプリングス』を観ると、改めてそう思う。
 西海岸にある砂漠のリゾート地パーム・スプリングス。妹の結婚式で、なぜか浮かぬ顔の花嫁の姉クリスティン・ミリオティに、周囲から浮きまくる酔っぱらいのアンディ・サムバーグが話しかけてくる。日が暮れ、二人は砂漠のデートと洒落込むが、なぜか謎の人物からの弓矢の襲撃が。洞窟に逃げるアンディを追いクリスティンも足を踏み入れると、次の瞬間、二人はその日の朝に戻されてしまう。
 原因は地震で出現した洞窟で、不用意にもそこに入ったアンディは、だいぶ前から一人で同じ一日を繰り返していたのだ。クリスティンは、いわば巻き込まれ型のヒロインだが、その奇妙な道連れが、ループに倦んだ男と私生活で問題を抱える女に変化をもたらす。やがて襲撃者の正体や、アンディの秘めたる胸の内、さらにはクリスティンの秘密までが明らかになっていく展開には、伏線回収の楽しさもある。『恋はデジャ・ブ』から四半世紀、ループものはここまで進化したのかと感心させられる。(★★★★)*四月九日公開

 作家が実在の人物をモデルに小説を書くことはあるとしても、特定の芸能人にあて書きする例は、相当に珍しいのではないか。そんな塩田武士の原作を、作者のリクエスト通りに大泉洋主演で映画化したのが『騙し絵の牙』である。
 出版の老舗、薫風社で次期社長をめぐるお家騒動が持ち上がった。新社長の佐藤浩市による改革はカルチャー誌「トリニティ」にも及び、新編集長の大泉洋は大胆な手段に打って出る。文芸誌の編集部から引き抜かれた松岡茉優は、人気モデルやイケメンを小説家に仕立てる上司に振り回されるが、それらの奇策は世間の注目を集める。保守派の重役や格式ある文芸誌の編集長は反発し、社内の内紛はエスカレートしていくが。
 現実も冬の時代にある出版業界を描いて、内幕もののリアルな生々しさがある。しかし吉田大八監督は大鉈を振るい、原作とはまた一味違うもう一つの『騙し絵の牙』を軽妙に作り上げている。謎めいた主人公の魅力もあるが、ベテラン作家を戯画化してみせる國村隼や、文芸誌のやり手の編集長の木村佳乃らを向こうに回し、奮闘、成長していく新米編集者の松岡茉優の姿が爽やかだ。(★★★1/2)

『21ブリッジ』の二十一というのは、マンハッタンに架けられた橋の数だと作中で説明される。深夜、ワイナリーに麻薬目当ての押し込み強盗が入った。犯人たちの片割れである元軍人は駆けつけた警官を次々と射殺し逃走する。偶然にも現場の近くにいたNY市警の殺人課刑事チャドウィック・ボーズマンは、分署の麻薬取締班に属する女性刑事シエナ・ミラーと共に捜査にあたることに。
 残念なことに本作が最後となってしまったチャドウィック・ボーズマンの主演作だ。殉職した父の遺志を継ぎ警察官となった主人公が、内務調査でやり玉にあげられるほど悪に厳しい刑事役を好演している。警察は犯人の逃げ道を塞ぐため、ハドソン川河口の中洲に浮かぶマンハッタン島と外部を繋ぐ橋をすべて封鎖するという強硬手段に出る。その刻限が午前五時という設定が、タイムリミットのサスペンスとして機能している。ただ、早い段階から舞台裏の真相が透けてみえる点がやや残念だ。(★★1/2)*四月九日公開

 飲酒と病で尾羽打ち枯らした前科者キム・サンジュンには、かつてルールに縛られない特殊犯罪捜査チームを班長として率いた警察官としての実績があった。そんな彼を警察上層部が呼び出したのは、大胆不敵な囚人護送車襲撃事件が発生したからだ。復職を果たした狂犬の異名をとる元班長は、こともあろう減刑を褒美に前科ある者たちを集め、逃走する悪党どもを追うことに。
 毒を以て毒を制する面白さの『ザ・バッド・ガイズ』では、腕っぷしでは誰にも負けないヤクザ者のマ・ドンソクを中心に、美人詐欺師でキレ者のキム・アジュン、暴走癖のあるエリート刑事チャン・ギヨンといった面々が、三者三様の個性と能力を発揮する。かつての才覚を取り戻した班長のもと、俄仕立てのチームは小さな摩擦を起こしながらも、脱獄囚たちを捕らえていく。黒幕があぶり出される終盤はお約束の域ながら、アクション場面の釣瓶打ちが息をもつかせない。型破りの四人組のさらなる活躍をつい期待したくなる。(★★★)*四月九日公開

 ところで、先の「ジャン=ポール・ベルモンド傑作選」の好評を受け、その第二弾が上映されるというニュースが飛び込んできた。ラインナップに前回洩れた『リオの男』など、ベルモンドといえばこの監督のフィリップ・ド・ブロカ作品が三作も含まれているのが嬉しい。しかし、例えば『二重の鍵』で友情が築かれたというクロード・シャブロル監督の『ジャン=ポール・ベルモンドの交換結婚』(ユベール・モンティエ原作)など、この不世出の名優の出演作には気になるタイトルがまだまだ埋もれている。次に繋がる特集上映の成功を祈りたいところだ。

※★は最高が四つ、公開日記載なき作品は、すでに公開済みです。