日々是映画日和(133)――ミステリ映画時評
コロナ禍関連の諸々にうんざりしていたせいかもしれないが、春先に報じられたアジアフォーカス福岡国際映画祭が昨秋で終結したというニュースを見逃していたことに気づき、いまさらながらショックを受けている。商業ペースに乗らない各国の映画と出会える絶好の機会であると同時に、大阪のアジアン映画祭と並ぶ出不精の私を旅に駆り立てる原動力でもあった。こうなったら、災禍が去った暁には、福岡からフェリーで釜山国際映画祭を目指そうかしらん。
アジアン映画祭での上映だけでは絶対にもったいないと思ってきた『ソウルメイト 七月と安生』が、四年遅れとはいえ正式公開されたのはめでたい。安生(アンシェン)と七月(チーユエ)という二人の女性をめぐる年代記風の物語がネット上で話題となっていた。幼い日の出会いから強い絆で結ばれてきた彼女たちには、友情と葛藤の歴史があったのだ。しかし自伝的な内容と思しきネット小説の作者七月について尋ねられると、なぜか安生は嘘をつき、言葉を濁す。安生の長い回想が始まる。
チョウ・ドンユイ(安生役)とマー・スーチュン(七月役)の溌剌とした姿が眩しい。トビー・リー演じる七月の恋人をめぐって行き違うなど、互いの関係性が遂げていく微妙な変化を濃やかに追い、たおやかな時間の流れの中に描いていく。シスターフッドの物語としての筋を通し、互いの生き方へのリスペクトを色濃く出した終盤の展開が肝だが、それを強く印象づける叙述トリックも実に効果的に使われている。(★★★★)
『七月と安生』の監督デレク・ツァンが、再びヒロインのチョウ・ドンユイと組んだ青春ミステリ映画が『少年の君』だ。受験戦争激しい進学校の三年生が、苛めを受けて校内で投身自殺を遂げる。他人との繋がりを避けていたチョウ・ドンユイだったが、衆目に晒された死者に上着をかけたことで、今度は彼女が標的となる。たまたま知り合った不良のイー・ヤンチェンシーが唯一心の支えとなるが、激しい苛めのさ中、加害者が命を落としてしまう事態に。
苛めのテーマを掲げた作品が、喧しい盗作騒動に巻き込まれるという、なんともやるせない経過を辿ったが、無事に日本公開が叶ったのは何より。原作にあたる「少年的你」を読んだわけではないが、おそらく盗作疑惑は炎上を狙った濡れ衣だろう。十代の過当競争と集団における苛め、そしてそれに対処する大人たちの態度への批判も鮮明な社会派のドラマで、凛としたヒロインの姿が強く印象に残る。チョウ・ドンユイは、やはりミステリ劇がよく似合う。(★★★1/2)※七月一六日公開
国民党の暴虐が吹き荒れる一九六〇年代の台湾が舞台、しかも青春映画といえば『悲情城市』や『牯嶺街少年殺人事件』が思い浮かぶが、『返校 言葉が消えた日』はパソコンゲームが原作だというのだから驚かされる。放課後の教室でうたた寝から覚めた女子学生のワン・ジンは、校内の様子がおかしいことに気づく。当局に隠れて禁書を学ぶ課外活動の先輩で男子生徒のツォン・ジンファと出会い、荒天の中を学校からの脱出を試みる。しかしことごとく失敗し、次々不可解な現象に襲われていく。
講堂での血まみれの処刑場面が繰り返されるという悪夢のようなシーンは、原典のゲームから来ているのだろう。そんなホラー仕様も目立つが、校内を彷徨う彼女らはどういう状況に置かれているのかという謎と、国家の弾圧に隠れて、本を読む自由を命がけで希求する教師や生徒たちをめぐる回想が、やがてシンクロしていく展開が秀逸だ。いわゆる白色テロ(為政者による住民への暴力的な弾圧)という負の歴史の中から青春映画の叙情を手繰り寄せる手腕にも感心させられる。(★★★★)※七月三〇日公開
一九九五年ソウル。企業は超学歴社会の縮図で、サムジン電子もその例外ではなかった。会社が打ち出したTOEIC600点で昇進という奨励制度に、万年雑用係のコ・アソン、イ・ソム、パク・ヘスの高卒女子は発奮する。そんな折、三人は偶然にも会社の工場が不正に有害な汚水を排出していることを知ってしまう。会社での居場所がなくなることを覚悟で、良心に従い行動しようと力をあわせる彼女らだったが。
実話に基づいているという『サムジンカンパニー1995』だが、事務処理、企画、数学と、女子それぞれの得意分野を活かしたチームワークとその連携ぶりが楽しい。内部告発ものとしてはシンプルな骨格なのだが、会社側との応酬に見応えが十分あり、二枚腰、三枚腰の粘りをみせる展開にミステリ映画の愉しさがにじみ、女子たちの活躍に胸が熱くなる。『グムエル 漢江の怪物』の少女役の成長にほれぼれ。(★★★1/2)※七月二五日公開
『ファイナル・プラン』といういかにもな邦題が付いているが、原題は〝正直な泥棒〟。爆薬を使った銀行襲撃を重ね、強盗プロフェッショナルとして鳴らしたリーアム・ニーソンが、苦学生のケイト・ウォルシュとの出会いで、足を洗うことを決意。しかし、彼の溜め込んだ現金を狙う不埒な輩が現れるという、主演者にあて書きしたようなサスペンスものだ。
ニーソンの敵役であるFBI捜査官のジェイ・コートニーや、その上司であるジェフリー・ドノヴァンらに仲々の存在感があるのに、互いの駆け引きが通り一遍なのが物足りない。出てきた途端にニーソンが改心してしまうのも拍子抜けで、前半はケイパーものの面白さを見せるなどの工夫があれば良かったと、ないものねだりをしたくなる。(★★1/2)※七月一六日公開
※★は最高が四つ、公開日記載なき作品は、すでに公開済みです。
アジアン映画祭での上映だけでは絶対にもったいないと思ってきた『ソウルメイト 七月と安生』が、四年遅れとはいえ正式公開されたのはめでたい。安生(アンシェン)と七月(チーユエ)という二人の女性をめぐる年代記風の物語がネット上で話題となっていた。幼い日の出会いから強い絆で結ばれてきた彼女たちには、友情と葛藤の歴史があったのだ。しかし自伝的な内容と思しきネット小説の作者七月について尋ねられると、なぜか安生は嘘をつき、言葉を濁す。安生の長い回想が始まる。
チョウ・ドンユイ(安生役)とマー・スーチュン(七月役)の溌剌とした姿が眩しい。トビー・リー演じる七月の恋人をめぐって行き違うなど、互いの関係性が遂げていく微妙な変化を濃やかに追い、たおやかな時間の流れの中に描いていく。シスターフッドの物語としての筋を通し、互いの生き方へのリスペクトを色濃く出した終盤の展開が肝だが、それを強く印象づける叙述トリックも実に効果的に使われている。(★★★★)
『七月と安生』の監督デレク・ツァンが、再びヒロインのチョウ・ドンユイと組んだ青春ミステリ映画が『少年の君』だ。受験戦争激しい進学校の三年生が、苛めを受けて校内で投身自殺を遂げる。他人との繋がりを避けていたチョウ・ドンユイだったが、衆目に晒された死者に上着をかけたことで、今度は彼女が標的となる。たまたま知り合った不良のイー・ヤンチェンシーが唯一心の支えとなるが、激しい苛めのさ中、加害者が命を落としてしまう事態に。
苛めのテーマを掲げた作品が、喧しい盗作騒動に巻き込まれるという、なんともやるせない経過を辿ったが、無事に日本公開が叶ったのは何より。原作にあたる「少年的你」を読んだわけではないが、おそらく盗作疑惑は炎上を狙った濡れ衣だろう。十代の過当競争と集団における苛め、そしてそれに対処する大人たちの態度への批判も鮮明な社会派のドラマで、凛としたヒロインの姿が強く印象に残る。チョウ・ドンユイは、やはりミステリ劇がよく似合う。(★★★1/2)※七月一六日公開
国民党の暴虐が吹き荒れる一九六〇年代の台湾が舞台、しかも青春映画といえば『悲情城市』や『牯嶺街少年殺人事件』が思い浮かぶが、『返校 言葉が消えた日』はパソコンゲームが原作だというのだから驚かされる。放課後の教室でうたた寝から覚めた女子学生のワン・ジンは、校内の様子がおかしいことに気づく。当局に隠れて禁書を学ぶ課外活動の先輩で男子生徒のツォン・ジンファと出会い、荒天の中を学校からの脱出を試みる。しかしことごとく失敗し、次々不可解な現象に襲われていく。
講堂での血まみれの処刑場面が繰り返されるという悪夢のようなシーンは、原典のゲームから来ているのだろう。そんなホラー仕様も目立つが、校内を彷徨う彼女らはどういう状況に置かれているのかという謎と、国家の弾圧に隠れて、本を読む自由を命がけで希求する教師や生徒たちをめぐる回想が、やがてシンクロしていく展開が秀逸だ。いわゆる白色テロ(為政者による住民への暴力的な弾圧)という負の歴史の中から青春映画の叙情を手繰り寄せる手腕にも感心させられる。(★★★★)※七月三〇日公開
一九九五年ソウル。企業は超学歴社会の縮図で、サムジン電子もその例外ではなかった。会社が打ち出したTOEIC600点で昇進という奨励制度に、万年雑用係のコ・アソン、イ・ソム、パク・ヘスの高卒女子は発奮する。そんな折、三人は偶然にも会社の工場が不正に有害な汚水を排出していることを知ってしまう。会社での居場所がなくなることを覚悟で、良心に従い行動しようと力をあわせる彼女らだったが。
実話に基づいているという『サムジンカンパニー1995』だが、事務処理、企画、数学と、女子それぞれの得意分野を活かしたチームワークとその連携ぶりが楽しい。内部告発ものとしてはシンプルな骨格なのだが、会社側との応酬に見応えが十分あり、二枚腰、三枚腰の粘りをみせる展開にミステリ映画の愉しさがにじみ、女子たちの活躍に胸が熱くなる。『グムエル 漢江の怪物』の少女役の成長にほれぼれ。(★★★1/2)※七月二五日公開
『ファイナル・プラン』といういかにもな邦題が付いているが、原題は〝正直な泥棒〟。爆薬を使った銀行襲撃を重ね、強盗プロフェッショナルとして鳴らしたリーアム・ニーソンが、苦学生のケイト・ウォルシュとの出会いで、足を洗うことを決意。しかし、彼の溜め込んだ現金を狙う不埒な輩が現れるという、主演者にあて書きしたようなサスペンスものだ。
ニーソンの敵役であるFBI捜査官のジェイ・コートニーや、その上司であるジェフリー・ドノヴァンらに仲々の存在感があるのに、互いの駆け引きが通り一遍なのが物足りない。出てきた途端にニーソンが改心してしまうのも拍子抜けで、前半はケイパーものの面白さを見せるなどの工夫があれば良かったと、ないものねだりをしたくなる。(★★1/2)※七月一六日公開
※★は最高が四つ、公開日記載なき作品は、すでに公開済みです。