佐野洋さん追悼
権田萬治
亡くなる前年まで三十九年間も、実作者の豊富な体験を踏まえて描き続けられた辛口のミステリー批評『推理日記』で菊池寛賞を受賞されたこともあって、若い世代の会員諸氏には、そのイメージが強いと思うが、佐野洋さんは、斬新な着想と卓抜な小説技法を駆使した現代感覚あふれる優れた作品を多く残されている。構成に趣向を凝らした実験的な長編『轢き逃げ』やSFミステリーの秀作『透明受胎』などはその一例で、切れ味のいい短編は、毎年のように協会の年鑑に収録されるなど、短編の名手だった。
松本清張さんの後を受け継いで理事長に就任した佐野さんの協会運営の理念は、同好クラブにありがちな名誉職的な色彩をなくし、ボランティア精神で、衆知を集めて実際的な問題を事務的に処理するというものだった。その優れた成果は、以来一貫して引き継がれ、協会の良き伝統になっていると思う。
佐野さんは、頭脳明晰であったばかりか非常にクールな人柄で、私も何回か論争をしたこともあるが、感情的になることは一度もなく、やりとりの後でも変わりなくお付き合い頂いた。亡くなる一年半ほど前には、「蔵書の整理で相談したいので、自宅に来てもらえないか」ということで、お会いするのを楽しみにしていたが、佐野さんの検査入院などで延び延びになっている内に今回の訃報である。まことに無念というほかない。
協会の新春麻雀大会には、このところ毎年奥様と参加されており、私も対戦するのをいつも楽しみにしていただけに、寂しい限りである。
私は大学教員に転職する前、メディア団体に勤めていたことがあり、新聞・出版界出身の推理作家にどうしても親しみを感じてしまうのだが、佐野さんは、その意味でも大先輩であり、尊敬できる論敵でもあった。これまでの長いお付き合いに心からお礼を申し上げるとともに、謹んで哀悼の意を表したい。