新入会員挨拶
日本推理作家協会会員のみなさま、はじめまして。柊子(しゅうこ)と申します。入会を許可してくださった理事会の先生方、また事務局の方々、ありがとうございます。入会させていただいてからご挨拶差し上げるまでに時間を要してしまい申し訳ございません。
わたしは普段、俳優としてドラマや映画などを主現場に活動しています。昨年、文藝春秋社より「誕生日の雨傘」を出版させていただきました。いまは、とあるドラマの撮影が終わり、わたしが座長を務めております舞台の大阪公演を終えたところです。まもなく、赤坂レッドシアターにて東京公演がはじまります。
ちょうど一年前の夏です。生まれてはじめて、自分の書いた本が書店に並びました。文藝春秋社のサロンで担当の方から見本をいただいたときも心底うれしかったけれど、本屋さんに並んでいるのを見たときはまさに夢のようでした。写真を撮っていいですか、と、本の前でツーショットを撮りました。
発売日の前後には、いろいろな媒体のかたに取材していただきました。そのなかで「役者と作家の、二足のわらじですね」と何度か言っていただきました。そのたびにわたしは返答に困りました。二足のわらじ、なんて「とんでもはっぷん」なのです。
みっともない話ですが、正直に告白します。わたしは現場に入っているとき、書くことに向き合えなくなります。撮影するシーンのことで頭のなかがいっぱいになり、思考が止まってしまうのです。小説を書くときは、演技のお仕事をストップして書くことに専念しています。書くことと演じることを同時にできない今のままでは、とても二足のわらじを履いているとは言えません。改めまして、そんなわたしを推理作家協会に入会させてくださり、本当にありがとうございます。
もうひとつ告白します。わたし、ミステリー小説を書いたことがありません。「誕生日の雨傘」は三人の女の子たちの日常を描いた短編集です。ミステリー小説を読むのは大好きです。いつか挑戦もしてみたいです。ですが現状、わたし謎解きしてません。
ご挨拶の場でこんな話をするわたしが、どうして入会させていただく運びになったのか。きっかけをくださったのは、柴田よしきさんです。わたしが高校生の頃に出会ってから、もう十年以上にわたり、お付き合いさせていただいています。実はいまの舞台も、原作は柴田さんの猫探偵正太郎シリーズ「猫は聖夜に推理する」なのです。わたしは正太郎の飼い主である桜川ひとみを演じます。そういった意味では、わたし謎解きします。
昨年の夏、柴田さんにお声がけいただいて、日本推理作家協会のパーティーで上映されましたショートムービーに参加させていただきました。撮影現場では、名だたる作家さん方とお会いできました。それだけでじゅうぶん嬉しいのに、さらには一緒にお芝居を! かなりかなり貴重な体験をさせていただきました。お世話になりました皆様、改めまして、この場を借りて御礼申し上げます。ありがとうございました。
あのときのことは鮮明に記憶しています。なかでも、撮影初日のことです。京極夏彦先生に「はじめまして」とご挨拶したときは、へんな汗をかきました。まさかその数分後に、手が触れ合う演技をすることになるとは……。
撮影が始まるや否や、誰もかれもが京極さんのお芝居に釘付け! 現場の熱が、ぐん、と上がっていきました。監督からも新たなアイデアが次々と生まれます。
「それじゃあつぎは、ここで二人の手が触れ合って、パッと離れましょう」
とあるシーンを作っていたとき、監督が言いました。手、手が触れ合う……!? 台本にそのようなト書きはありませんでした。わたしは冷静を装ったつもりでいましたが、内心ドッキドキです。わたしの人生に、京極夏彦さんの手に触れる日が訪れるとは。そして恥じらいながらパッと離す日が訪れるとは。それもお芝居で! ああああ、本当に忘れられない日になりました。京極さん、ありがとうございました。撮影でご一緒させていただいた芦沢央さん、大倉崇裕さん、今野敏さん、佐藤究さん、佐藤青南さん、友井羊さん、西上心太さん、事務局のみなさん、ありがとうございました。みなさん優しくて、楽しくて、カッコいい。柴田さん、わたしに声をかけてくださってありがとうございました。感謝しています。
わたしは常日頃、作家のみなさんの頭のなかほど凄まじいものはないなと思っているのですが、初対面の人間とその日にどっぷりお芝居をともにする俳優も、なかなかイカれてるなと、ときどき、ふと思います。(いい意味で)
このたびは柴田さんをはじめ、たくさんの方とのご縁があって協会に入れていただきました。「二足のわらじですね」と言葉をかけられたときに、きちんと応えられるよう、作家としても精進していきます。みなさまどうぞ、よろしくお願いいたします。