日々是映画日和

日々是映画日和(156)――ミステリ映画時評

三橋曉

 この秋公開予定の『名探偵ポアロ ベネチアの亡霊』が早くも話題だが、先行の『オリエント急行殺人事件』や『ナイル殺人事件』と同様、原作(「ハロウィーン・パーティ」)をケネス・ブラナーがどう料理するのかが興味の焦点だろう。原作からの改変点にミステリ映画ファンの目が向くのは、時にそれが奇跡的な化学反応を巻き起こすからだが、それをテーマに原作と映像作品を重ね合わせ、解き明かしてみせたのが、千街晶之氏の新著「ミステリ映像の最前線 原作と映像の交叉光線」(書肆侃侃房)である。配信メディアの充実で映像作品の視聴環境がより整った昨今、映画を見直すことの意味を教えてくれるという点でも価値ある一冊だ。

 さて、東映ビデオが新たな才能発掘のためにスタートさせた〈NEW CINEMA FACTORY〉だが、そこへの応募作で、青春映画という与えられたテーマに対して大胆なアプローチを見せたのが、中村貴一朗の脚本・監督による『神回』だ。審査員が講評で、斬新な切り口やシナリオの完成度の高さを挙げていたのにも十分に納得がいく。
 文化祭の実行委員になった高二の沖芝樹(青木柚)と加藤恵那(坂ノ上茜)は、その日、企画を練るため夏休みの教室で待ち合わせた。しかし、話を始めてしばらく経つとなぜか気を失い、五分前に戻ってしまうことに樹は気がつく。この時間の巻き戻し現象に自覚のない恵那に、起きていることを必死に伝えようとするが、うまくいかない。同じ時間を繰り返しながら原因を探すが、ことごとく失敗し、万策が尽きてしまう。半ば自暴自棄になった樹は、ついに校舎三階の窓から外を見つめ、大胆な行動に出るが。
 ループもののストーリーは、同じ時間が繰り返されるという現象を受け入れ、それを前提とするか、その原因を追求するかで、二通りのパターンが考えられるが、より難題である後者に挑んでいる点でポイントが高い。ただし、舞台が夏休みの学校に限定されることと、わずか数分を繰り返すという縛りは厳しく、教師や用務員、生徒会などの脇役を絡めエピソードを増量しているが、それでも中弛みがあるのは否めない。
 ループ現象の着地点は、探せば先例もありそうだが、それを青春というテーマに強く結びつけているのが本作の肝だろう。そこへと至る過程に十代の甘さと苦さが共存し、テーマと呼応している点を高く評価したい。(★★★1/2)*七月二一日公開

 田村由美の同題人気コミックを原作とする『ミステリと言う勿れ』が、今度は映画化された。昨秋のテレビドラマ版で、見事な天然パーマ姿(ほとんどアフロ)を披露した菅田将暉が、引き続き探偵役の久能整(ととのう)役を演じている。整は東京の大学生だが、絵画鑑賞のために広島の美術館を訪れる。原作の読者の間では〝広島編〟と呼ばれる事件の開幕だ。
 美術館から出てきた整を呼びとめ、不躾な依頼をしたのは高校生の狩集汐路(原菜乃華)だった。一族の間で遺産をめぐり殺し合いが起きると訴え、助けを求めたのだ。半ば強引に整を連れ帰り、自分以外の遺産相続人候補である従兄姉(町田啓太・萩原利久・柴咲コウ)や、狩集家に仕える弁護士と税理士(段田安則・角野卓造)らに引き合わせるが、直後から不可解な事件が彼らを襲う。
 狩集家の相続問題は、過去にも当時の相続人全員が交通事故死するなど、不穏な空気に包まれていた。当主の祖父が遺した相続の条件は、敷地内の四つの蔵にまつわる謎めいた内容で、整の提案で相続人や弁護士の息子(松下洸平)が団結して協力し合うことを約束。しかし、近くに身を潜める鬼は、牙を剥く機会を狙っていた。
 あらすじからも察せられるように、「犬神家の一族」を本歌取りしたような因縁の一族ものだが、まずは古色蒼然たる佇まいを逆手にとる捻りもあって、快調なスタートを切ってみせる。整のビジュアルを活かした趣向も同様で、コミック由来のギャグかと思いきや、堂々たるミッシングリンクに繋がっていくあたりも侮れない。
 監督の松山博昭は、先のドラマ版にも演出で名を連ね、「鍵のかかった部屋」の特番を手がけた実績もある。勘どころを抑えた演出で、横溝正史の世界を強引に現代に引き寄せてみせる終盤までソツがない。主人公役の人気に加え、見え隠れする犬堂我路(永山瑛太)の意味深な存在感が、さらなる人気を博しそうなシリーズだ。(★★★)*九月一五日公開

 踊る少女のシーンが重要な意味を持つという点で、監督デビュー作の『私の少女』に通じる作家性を感じさせるのが、チョン・ジュリ監督の『あしたの少女』である。前作でも鮮明だった、逆境に苦しむ少女の姿を通して、社会の歪みをあぶり出すという姿勢は不変だ。
 卒業間近の高校生キム・ソヒ(キム・シウン)は、担任教師の紹介により念願かなって就職先のコールセンターで実習生として働くことになった。しかし苦情電話の相手に契約のキャンセルを思いとどまらせるという阿漕な仕事内容は、彼女の中でストレスを募らせ、持ち前の明るさも次第に影を潜めていく。信頼していたチーム長の自殺をきっかけに状況はさらに悪化し、賃金の未払いや不当処分が彼女を追いつめるが、家族や担任はそれに寄り添うことができない。癒されない苦悩を抱えたまま、ソヒは冬の貯水池へと向かう。
 全体は二部からなり、後半はぺ・ドゥナが演じる刑事のオ・ユジンの物語となっていく。わけありで赴任してきた女性刑事という役どころは、『私の少女』と重なり合い、内に秘めた正義感が伝わってくる。とりたてて意表を突く展開があるわけではないが、平凡な自殺と見做された事件をめぐり、彼女の粘り強い再捜査が真相を暴いていく過程がしっかりと描かれる。少女のダンスシーンが重なる二部構成の妙も素晴らしい。(★★★1/2)*八月二五日公開

※★は最高が四つです