日々是映画日和(166)――ミステリ映画時評
今回は枕なしで。没後五十九年が経とうとしているシャーリイ・ジャクスンだが、昨今のこの女性作家への注目度の高まりに衰えの気配はない。それが映画の方面に飛び火し、日本ではお蔵入り状態だった『Shirley シャーリイ』(2020年)までが、ついに陽の目をみた。
雑誌に発表した短編で一躍注目を集めたものの、次の長編小説を書きあぐね、作者は産みの苦しみを味わっていた。そんな折、バーモント州南部で大学教授の夫スタンリーと暮らすシャーリイの屋敷に、結婚間もない教授の助手フレッドと妻のローズが転がり込んでくる。カップルは、半ば強引に家事などの面倒ごとを押しつけてくる教授と、その妻の気まぐれで奇嬌な態度に戸惑うが、やがて妻たちの間には女同士の絆が生まれていく。しかし若い夫婦には試練が待ち受けていた。
シャーリイのそっくりさんか、と言いたくなるほど本人のイメージに近いエリザベス・モスにまずびっくり。シャーリイと夫のスタンリーの描き方は、まるで浮気夫とアル中でパラノイアの妻だが、物語をほぼ完全なフィクションと考えれば、両人ともたくらみを宿した人物像として違和感はない。第二長編「絞首人」(1951年)の執筆時期が背景と思しいが、一見掴みどころのないジョセフィン・デッカー監督の映像と演出には実はケレン味が隠されていて、一種の作家論にもなっているところに才気を感じる。(★★★★)※7月5日公開
前作『ブレット・トレイン』の切れ味鋭さが記憶に残るデヴィッド・リーチ監督だが、八十年代のテレビドラマからアイデアを得た『フォールガイ』ではスタント出身の豊富な経験が活かされている。息を呑むシーンの数々からは、昨今の視覚効果だけに頼ったものではなく、体を張ったアクションの凄みのようなものが伝わってくる。
スタントマンのコルト(ライアン・ゴズリング)は、アクション・スターのトム・ライダー(アーロン・テイラー=ジョンソン)のスタントダブル(代役)として数々の危険な仕事をこなしてきた。しかし十二階からのハイフォールに失敗して大怪我を負い、自信までも失ってしまう。以来、カメラマンで恋人のジョディ(エミリー・ブラント)とも距離をおいてきたが、プロデューサー(ハンナ・ワディンガム)の差配で、監督に昇格したジョディの初監督作品に引っ張り出される。気まずさから二人の間には微妙な空気が流れるが、そんな中、主役のトムが忽然と姿を消してしまう。
基本は大人のラブコメだが、アクションあり、謎解きありの娯楽作に仕上がっている。冒頭のイントロ部分で監督との軽妙な掛け合いを見せるコルト役のゴズリングも、積極的に作品作りに関わっているに違いない。監督は、『ファイトクラブ』でもブラッド・ピットの代役を演じた際、フィンチャーの演出を盗み見たと語っている。確かにエンタテインメントに徹した隙のない作りに、その経験は十分活かされているようだ。(★★★1/2)※8月16日公開
YouTube や TikTok など、ネットの配信サービスでインフルエンサーを目指す人々は多いが、『#スージー・サーチ』のヒロインであるスージー(カーシー・クレモンズ)も、未解決事件を扱う自分のポッドキャストがバズることを夢見る一人だ。一向に増えないフォロワー数にイライラを募らせていたが、大学のクラスメイト(アレックス・ウルフ)の失踪事件を番組でとりあげ、被害者救出の手柄をあげると、一躍有名人に。さらに犯人逮捕に突き進み、世間の注目を集めていく。
原型は自らの主演で撮ったショート・フィルムだそうだが、なるほど短編向きの話ではある。しかし長編化にあたっても、ソフィー・カーグマン監督の演出はテンポ良く、結末までをサスペンスフルかつスマートに描き切ってみせる。欲を言うと、登場人物の自己顕示欲とモラルのせめぎ合いまで描ければ、暴走するSNS文化に警鐘を鳴らすというテーマもより鮮明になったろう。(★★★1/2)※8月9日公開
惜しくも公開が開花の季節とずれてしまったが、『朽ちないサクラ』は、これでもかと映し出される満開の桜に目を奪われる。柚月裕子の同題原作は、ヒロインが警察の事務職(非警察官)というユニークな警察小説で、それを『帰ってきた あぶない刑事』が公開されたばかりの原廣利監督が映画化している。
被害届けの受理を先送りにし、女子大生がストーカーに殺された事件をめぐり、生活安全課の慰安旅行が原因だったと地元紙がスクープした。広報課勤務の森口泉(杉咲花)は、自分が原因でその件を察した親友で記者の千佳を情報の漏洩元と疑うが、当人はその疑いを晴らすと言い残し、一週間後に変死体となって見つかる。若手の磯川刑事(萩原利久)と共に、森口は元公安の上司富樫(安田顕)に相談し、さらには県警の梶原(豊原功補)に睨まれながらも、真相に迫ろうとするが。
〝サクラ〟というのは公安警察を指す隠語で、刑事対公安の構図を物語の背景にしている。カルト系宗教団体が絡むあたりには今日の社会性もあり、親友の死という悲劇を通じて正義に目覚めていくヒロインの成長の過程がしっかりと描かれていく。主人公役の杉咲花のキリリとしたまなじりにも表れる真摯な姿勢や、国家と個人を天秤にかけ、重いのはどちらを考えさせずにはおかない重心の低さなど、いずれの長所も原作譲りだろう。(★★★1/2)※6月21日公開
※★は四つが最高点