日々是映画日和

日々是映画日和(79)

三橋曉

 十二月十八日の一斉公開日が目前となったせいで、どこに行っても『スター・ウォーズ フォースの覚醒』の話題で持ちきりだが、何を隠そう、わたしも実は今回のリスタートを楽しみにしてきた一人である。公開初日のチケット争奪戦に奔走するファンには及ばないが、個人的には、『ファントム・メナス』に始まるエピソード1~3が贔屓だ。どうして?と問うSF好きの友人に、「だって、シェイクスピアか近松の因縁話みたいで、心にしみるじゃない」と返したところ、渋い顔をされた。わたしは、きっと少数派なのだろう。

 さて、そんな話題作の余波を受けてか、公開が年明けと予告されているスティーヴン・スピルバーグの新作『ブリッジ・オブ・スパイ』では、伝説的なソ連の諜報員ルドルフ・アベルをイギリスの舞台俳優マーク・ライランスが演じる。一九五七年のニューヨーク、スパイ容疑で逮捕されたアベルは一切を黙秘し、連邦刑務所で裁判を待つ身だった。そんな彼の弁護は、アメリカ中を敵にまわす損な役回りだったが、ニュールンベルグ裁判で検察官の実績があるジョームズ・ドノヴァン(トム・ハンクスが演じている)に白羽の矢が立てられる。気の進まないまま法廷に立つことになった彼は、世間から容赦のない嫌がらせを受けるが、裁判ではあくまで正義の姿勢を貫こうとする。
 映画は、序盤で全米が注目するスパイ裁判の行方を、中盤以降は、その五年後、ソ連との間に持ち上がった交換交渉の過程を描いていくが、有名な実話だから、結末が判っている分、スリルに欠ける感は否めない。とはいえ、ベルリンで弁護士が経験する苦難は、冷戦下における東西の緊張関係の重たい空気を思い起こさせるに十分だし、アベルとドノヴァンの間の信頼関係がやがて友情へと変わっていく展開も、(いかにもスピルバーグ的ではあるが)味わい深い。関係者間の緊張感と情感が錯綜するクライマックスのグリーニカー橋の荒涼たる光景もいい。脚本に手を貸したコーエン兄弟の手柄もあるに違いない。※一月八日公開予定(★★★)

 『ヒトラー暗殺、13分の誤算』、『ミケランジェロ・プロジェクト』と、ナチス絡みの史実を題材とした作品の公開が相次いでいるが、サイモン・カーティス監督の『黄金のアデーレ 名画の帰還』もそのひとつ。その昔、ナチス占領下のウィーンで財産を奪われ、命からがらアメリカに亡命したヘレン・ミレンは、亡くなった姉が家族の思い出の絵画を取り戻そうとしていたことを知る。姉の遺志をついで返還を請求するが、所蔵美術館も、オーストリア政府もそれを拒絶。さらに訴訟を起こすには莫大な費用がかかるため、諦めざるをえなくなる。しかし友人の息子である新米弁護士は、彼女のために別の法的手段を探り、奔走する。
 本作の主役、モナリザ級の名画といわれるクリムトの〝黄金のアデーレ〟の神々しいまでの輝きに導かれて、ヘレン・ミレンがふり返っていく過去と絵画にまつわる思い出の数々が、いやでもナチへの怒りや平和への希求を呼び起こす。ここのところやたら目にとまるライアン・レイノルズだが、今回ははまり役で、ひよっこ弁護士が袋小路の局面を打開し、頼れる法律家へと変わっていく過程を描いた成長の物語にもなっている。(★★★★)

 邦題からはつぎはぎの既視感しか沸いてこない『クライム・スピード』だが、実はマックイーン主演の『セントルイス銀行強盗』(1959年)のリメイクだ。兄にそそのかされて悪事に手をそめたが、今は更正して自動車の整備工としてまじめに働くヘイデン・クリステンセンを、出所間もない兄のエイドリアン・ブロディが訪ねてくる。情に訴える兄の誘いに、弟はドライバーとして新しい仕事を手伝うことを承諾するが、ほどなく自分が銀行強盗に誘い込まれたことを知る。
 負のスパイラルを濃い芝居で見せていくエイドリアン・ブロディが物語を引っ張る。監督は、ロシア出身の新鋭サリク・アンドレアシアン。終盤のど派手な展開はやや盛り過ぎの感もあるが、兄弟の絆を実に細やかに織り上げてみせる。『ワイルド・スピード』のジョーダナ・ブリュースターが、ドラスティックな物語に一輪の花を添えている。(★★1/2)

 『友へ チング2』で強烈な存在感を焼きつけたキム・ウビンが、天才的な金庫破りを演じるのが、『技術者たち』だ。兄貴分のコ・チャンソク、ハッカーのイ・ヒョヌと組んで緻密かつ大胆な計画で宝石店の襲撃に成功したキム・ウビン。そんな彼に目をつけた財界の大物で悪党のキム・ヨンチョルは、悪辣な手段で彼らをある強奪計画に引き込む。
 先の『共謀者』と同様で、監督のキム・ホンソンの演出は粗雑でやや大味な印象がある。しかし、一五〇〇億ウォンを盗み出そうとするケイパーものとして次第に加速していくストーリーには吸引力があって、師弟の絆あり、淡いロマンスあり、裏切りのツイストありと、とにかく盛りだくさんな面白さで飽かせない。きめ細かさに欠ける点は惜しいが、ミステリとしてのカタルシスは十分に伝わってくる。(★★★1/2)

※★は四つが満点(BOMBが最低点)。公開予定日の特記なき作品は公開済みです。