ミステリーな小説
木下昌輝
このたび日本推理作家協会に入会させていただきました。二〇一四年に『宇喜多の捨て嫁』という歴史時代小説で、単行本デビューしております。ご推薦くださいました今野敏先生、西上心太先生には厚く御礼申し上げます。きっかけをつくっていただいた文藝春秋社のK様にも感謝申し上げます。
入会の挨拶の原稿のテーマが「自由」とのことなので、年末年始は題材選びに頭を悩ませました。トランプ大統領就任によるTPP破棄にからめて自由貿易について描くか、はたまた歴史時代作家らしく昨今のナショナリズムと板垣退助の自由民権運動をからめるか、あるいは小室哲哉プロデュースのglobeの楽曲『FREEDOM』について語るか。悶々としていたのですが、協会会報のバックナンバーを読むと、「自由」がテーマなのではなく、「テーマはなんでもあり」という意味の自由だと、三十分前に気づきました。
危ないところでした。
私は歴史時代小説を執筆させていただいておりますが、初めて創作した物語はミステリーだったかもしれません。ただ、ミステリー小説というのはおこがましいです。謎の提示と解答でドラマが動く、そんな小説でした。舞台はドラゴンクエスト風のファンタジーの世界。魔王軍は世界を席巻し、人類の残る城はひとつだけ。王は最後の希望である勇者の剣を主人公に託します。
「世界の東の涯のどこかにあるという竜王の塔へと行き、魔王を倒し、世界を救ってくれ」
主人公は意気揚々と冒険の旅に出ると、都合よく世界一の賢者が町の出入口にいました。
なぜかというと、この物語の執筆の動機が、中学生の私が教科書を忘れ、隣のクラスの友人から借りたものの、授業がつまらないので借りた御礼にそれっぽい小説を書き教科書に挟んで返却しようと思ったからです。六十分足らずの授業で完成させる必要から、世界一の賢者を人類最後の城の出入口に待機させざるを得なかったのです。この頃から、私は赤川次郎先生並に分刻みの〆切に終われる運命にあったのです。話を戻すと、主人公は東の涯にある竜王の塔までどのくらいでたどりつくかを世界一の賢者に聴きます。
「東の涯にある竜王の塔には数々の難関がある。万余のモンスター、千以上のダンジョン、百を超すモンスター将軍、そしてドラゴンが篭る十の城。魔王パウチの鉄の肌を切り裂く勇者の剣を持っていても、十年かかる」
ちなみに魔王パウチのパウチとは、教科書を貸してくれた山内君の仇名のことです。
主人公は、魔王パウチの周到さに歯ぎしりします。十年かけてたどり着く間に、人類は滅亡してしまうでしょう。歯ぎしりしたのは、私も同様でした。十年かけて主人公を冒険させると、とてもではないが六十分後の〆切に間に合いません。そんな時、作家がよく言う、あれが起こったのです。登場人物が勝手に動き、喋り出すという、あれです。世界一の賢者は、勝手にこう言いました。
「東に向かえば十年だが、西に向かえば三十分でつける」
まじかと、私は数学の授業中に叫びました。これならば、六十分で魔王を倒すところまで書ける。きっと、秘密の洞窟があり、竜王の塔へとワープできるようになっているのでしょう。理由を主人公に問い質させると賢者は「勇者の剣と引き換えに秘密を教える」と言いました。背に腹は替えられません。
賢者がのりうつった私の右手が、世界の秘密をノートに描き始めます。まず半径5センチほどの円を描きます。てっぺんに凸を乗せて矢印を引いて〝人類最後の城〟と書き、その隣に一センチほどの棒を書き〝竜王の塔〟と書いて、図の上にデカデカと〝実は地球は丸かった〟と記したのです。もちろん、凸の横には魔王の城やダンジョンを円周上にいっぱい並べ、ぐるっと回って凸と隣合わせの竜王の塔である縦棒につなげました。
苦し紛れの策でしたが、授業後にパウチに読ませるとバカ受けでした。小説において、謎解きがいかに強力な武器になるかを体感した瞬間でした。
ちなみに物語は、この後以下のように展開します。勇者の剣を手放した主人公は、めでたく竜王の塔に到着。すると、そこには世界で二番目に賢い賢者がいて、主人公は魔王パウチのいる最上階までどのくらいかかるかを訊きます。〝世界で二番目に賢い賢者〟という、あまり賢そうでない重複表現の二つ名を持つ老人はこう答えます。
「大魔王パウチのいる最上階までには、迷宮になった一万の階層があり、それぞれの階には一千のモンスターが守り、各階には百を超える封印された扉が立ちふさがり、そのひとつを開くためには十の(以下略)」
人生最初のミステリーな小説は、未完のまま読者(パウチ)のもとに届けられたのです。
先日同窓会があり、パウチと再会しました。拙作『大魔王パウチの野望』で大笑いしたのは謎解きの答えではなく、授業中にくだらないものを書いた私のアホさ加減だと教えてもらえました。
ミステリーは奥が深いです。