松坂健のミステリアス・イベント体験記

健さんのミステリアス・イベント探訪記 第82回
アメリカ法廷ものの見事な舞台化『評決』(バリー・リード原作)を見る 2018年11月29日~12月3日
劇団昴公演 池袋あうるすぽっとにて

ミステリコンシェルジュ 松坂健

 ベストセラー小説の舞台化というのは、ミュージカルを除けば、この三十年ほど、あまり手掛けられなくなったものの一つだろう。
 以前はダフネ・デュ・モーリアの『レベッカ』があり、最近ではブルース・ウイリスが主演したスティーブン・キングの『ミザリー』くらいか。あの刑事コロンボだって、最初はブロードウェイでかかったものなのだが(『殺人処方箋』)、ストレートプレイ(セリフ中心のお芝居)自体の衰退は一目瞭然だ。
 それでも、時々は見ごたえのある「原作」ものが登場するから、注意は怠れない。
 2018年11月29日~12月3日、池袋あうるすぽっとで上演された『評決』(The Verdict)は、1980年刊行のベストセラー法廷ミステリを舞台化したものだった。
 この表題でポール・ニューマン主演の映画を思い起こされた人も多いと思う。
 こちらは1982年製作、公開されたもので、脚本を今やブロードウェイの巨匠の座に列せられるデヴィッド・マメットが担当、監督にシドニー・ルメットがついた。
 当初はアーサー・ヒラー監督(『ある愛の詩』)がロバート・レッドフォード主演で構想したものだが、主役の弁護士役がアル中の飲んだくれという設定が気に入らず、降りてしまって宙に浮いた企画を、ルメットがニューマンを説得して映画化を実現したものだった。結果的にはニューマンが迫真の演技で、複雑な個性をもつ破滅型弁護士を演じ、オスカー(アカデミー賞)には手が届かなかったものの、名演の評価を得た。
 フランク・ギャルビンは何がきっかけだったのか、アルコールに溺れ、仕事にあぶれている。見も知らぬ人の葬儀の列に加わり、遺族に名刺を配りまくり、何か相続などでトラブルがあればご一報を、というみじめな営業を続ける毎日だ。
 そんなギャルビンに仕事が持ち込まれた。ボストンのカトリック病院で出産寸前の妊婦が麻酔ミスで植物人間になってしまった事件である。ギャルビンはそっと病室に忍び込み、植物状態の患者の写真を撮りまくる。悲惨な様子を訴えて、病院から多額の示談金をせしめようという魂胆だった。
 しかし、写真を撮っていくうちに、ギャルビンの胸の中に、こんな悲惨な状態にしながら、口をぬぐっている病院に対する怒りがわいてくる。病院の背後にはボストン一の法律事務所が控えている。さて、アル中の弁護士は徒手空拳、どう戦っていくのだろうか?
 これはなかなかスリリングな物語で、患者対病院の裁判の白熱の論戦は、たしかに舞台的でもあった。ちなみに舞台版の脚本はマーガレット・メイ・ホブズという人が担当。
 これを日本の劇団、昴が見つけて上演にこぎつけたのである。
 フランク・ギャルビンに宮本充氏、対する病院側弁護士のコンキャノンに山口嘉三氏など劇団の中堅が出演、構成/演出には劇団キンダースペースの原田一樹氏が当たっている。
 池袋あうるすぽっとという劇場の舞台は奥行きがたっぷりあり、後景に裁判所のセットを配し、前景にギャルビンの事務所、彼の行きつけのバーのセットをスライドで出したり、引っ込めたりで、法廷劇と弁護士ギャルビンの日常を交錯させるつくり。
 場面転換が多い割にはスムースに話が展開し、観客側のテンションが落ちない工夫は大いに褒めたいところだ。ただし、主人公ギャルビンの落魄ぶりの演出が足りず、医療過誤告発と並ぶもうひとつのドラマであるヒーロー再生のプロセスについての説得力が不足。なんかもやもやしている。
 ミステリ系のドラマはもともと事件の背景の説明に時間がかかるので、どうしても前半部がたるくなる。後半に入ると、一気に前半の伏線の回収が始まるので、手に汗握る展開になる。この舞台も休憩以後は白熱の論戦になって、迫力満点。全体としては、よくまとまった法廷ドラマとして仕上がったと思う。
 作者のバリー・リードはマサチューセッツ州に在住、2002年に亡くなられているが、いくつもの医療訴訟を戦って、法曹界の最高の名誉といわれるクラレンス・ダロウ賞を受賞しているとのこと。
 なお、この物語には続編があり、それも製薬会社との訴訟がテーマの『起訴』。ここでは、なんと前作で破滅寸前のアル中だったギャルビンが、見事立ち直り、今度は巨大ローファームのトップの座についているという設定でスタートする。この続編を読んで、「ほー、こう来るか」と感心した覚えがある。
 いずれにしても、映画も舞台も、勝負は「いい物語・いいプロット」に尽きる。こうした良質の原作をもっと舞台にしてもいいのではないかと思う。
 乱歩や正史のものばかり舞台にしないで、横山秀夫さんのものや、かつての夏樹静子さんの作品のような「社会」を視点としてきちんと取り入れているミステリがもっと舞台にのせられていいような気がする。