日々是映画日和

日々是映画日和(110)――ミステリ映画時評

三橋曉

 まずは吉例、二〇一八年をふり返って、ミステリ映画の収穫から。今回も〝してやられた!〟作品は沢山あって、ざっと十七本。でも、まだ見てないものもあるので、暫定の断り書き付きということで。(並びは順位ではなく、ほぼ公開順、*はネット配信作品)

・目撃者 瞳の中の瞳
・ベロニカとの記憶
・ルイの9番目の人生
・MUTE ミュート *
・去年の冬、きみと別れ
・サバービコン 仮面を被った街
・名もなき野良犬の輪舞
・V.I.P.修羅の獣たち
・カメラを止めるな!
・告白小説、その結末
・2重螺旋の恋人
・オーシャンズ8
・タリーと私の秘密の時間
・バッド・ジーニアス 危険な天才たち
・チューリップ・フィーバー 肖像画に秘めた愛
・search / サーチ
・人魚の眠る家

 さて改めまして、今年もよろしくお願い致します。では、二〇一九年の公開予定作に行きましょう。まずは昨年の東京国際映画祭で上映され好評だった新人ドン・ユエ監督の『迫り来る嵐』から。
 一九九七年、急激な経済発展の途上にあった中国。とある地方都市で、若い女性ばかりを狙った連続殺人が発生する。事件現場に近い国営製鉄所の保安係ドアン・イーホンは、知らぬ仲でない警部のトゥ・ユアンに取り入り、刑事を気取って勝手な捜査に乗り出す。不審な人物をおびき出すことに成功するが、追跡中に後輩のチェン・ウェイが頭を打って死亡、男にも逃げられてしまう。犯人は警察の捜査を嘲笑うように犯行を重ねていくが、捜査にのめり込む主人公は容疑者と思しき人物にめぼしをつける。
 デビュー作とは思えない堂々たる作風で、激変期にある国家と、その勢いに流されていく庶民の営みを背景に捉えつつ、魅入られるように殺人事件に取り込まれていく男の姿を描き出していく。主人公は事件とかかわっていく中で、薄幸の女性ジャン・イーイェンと出会い、彼女との間に親密な関係を築いていく。しかしそれはやがて事件と交錯し、取り返しのつかない悲劇を招いてしまう。『殺人の追憶』や『薄氷の殺人』といった先達を連想させる部分もあるが、『めまい』からの影響を語るだけあって、終始途切れることのないサスペンスが持ち味だろう。これでもかと繰り返される雨のシーンと、余白を残したミステリ仕立てが、余韻となっていつまでも心に残る。やるせない映画だ。*一月五日公開(★★★★)

 フランス人とホロコーストの関係を描いた小説の映画化といえば、『サラの鍵』という忘れ難い作品があるが、フランス生まれのセドリック・ヒメネス監督の『ナチス第三の男』の原作も、フランスの作家ローラン・ビネの小説だ。『HHhH プラハ、一九四二年』という、ミステリ・ファンの間でも評判になった作品をご記憶の方は多かろう。
 彼の名は、ラインハルト・ハイドリヒ。ナチスの親衛隊を率いたヒムラーの右腕と言われ、その冷酷非情な行動力をヒトラーさえも恐れたと言われる人物だ。女性問題で海軍を除籍という不名誉から彼を立ち直らせたのは、のちの妻リナだった。やがて頭角を現したハイドリヒはユダヤ人の大量虐殺を牽引し、ドイツの保護領となったボヘミア・モラヴィアの副総督にまで登りつめる。しかし水面下では、抵抗組織がそんな彼の暗殺計画を着々と進めていた。
 この暗殺作戦は、これまでさまざまな小説や映画で取り上げられて来たが、ハイドリヒとその妻をジェイソン・クラークとロザムンド・パイクが演じるなど、豪華な出演者で映画化したのが本作だ。作り込まれた脚本とシャープな演出は、評判が良かった『ハイドリヒを撃て!「ナチの野獣」暗殺作戦』と同等、もしくはそれをうわ回る出来だと思う。ただ史実に忠実であろうとする姿勢を小説作法で実践したユニークな原作とは別物で、史実のみを映画は抽出しており、原作の読者には、やや物足りなく感じられるかもしれない。
*一月二十五日公開(★★★)

 何かと引き合いに出されるアメリカの映画レビューサイト〝ロッテントマト〟での飛び抜けて高い支持率が意味を持つかは不明だが、デンマークのグスタフ・モーラー監督作品のオリジナリティは評価できる。『THE GUILTY ギルティ』は、警察の緊急通報司令室内だけで物語が終始する。
 司令室のオペレーター、ヤコブ・セーダーグレンは奇妙な通報を受けた。怯えた声の女性は、自分が今まさに拐われようとしていると助けを求めた。パトカーが手配されるが、電話の向こうの切迫した様子から、交代時間が過ぎても席を離れることができない。やがて女は別れた夫の車に無理やり乗せられており、自宅には二人の子どもが置き去りにされていることが明らかになる。
 まさに密室劇。電話の向こう側から聞こえてくる声だけで、主人公は事件の様相を推理、把握していく。観客はそれを共有する形で、事件の推移を心に描いていくのだ。途中で主人公も何らかの問題を抱えていることがさりげなく暗示され、事件の顛末とオーバーラップする。八十八分をワンシチュエーションで乗り切るアイデアと演出が見事だ。
*二月二十二日公開(★★★1/2)

※★は最高が四つ、公開日記載なき作品は、すでに公開済みです。