新入会員紹介

入会の挨拶

野地嘉文

 日本推理作家協会70周年 書評・評論コンクールにて「もうひとつのモダーン・ディクティヴ・ストーリイ――『乱れからくり』論」、「竜崎伸也の捜査法――『果断 隠蔽捜査2』」、「カリカチュアされた変格探偵小説――『粘膜蜥蜴』」で、それぞれ第一回、第三回、第四回入選させていただいた野地嘉文と申します。今後ともよろしくお願いいたします。
 全四回のうち三回の入賞は、一見突出しているように見えるのですが、私はこのコンクールに全部で十本の書評・評論を投稿しております。コンクール全体では五十九編の応募がありましたので、私の投稿が十七パーセントを占めています。突出しているのはむしろ応募数全体における私の投稿の占有率で、コンクールは毎回おおむね応募作五編あたり一編の入賞作が選出されているようにも見受けられますので、打率に換算すれば基準値(?)におさまるレベルなのではないでしょうか。
 コンクールが始まったのは二〇一七年ですが、その前年、私は『幻影城 終刊号』という同人誌を、雑誌『幻影城』編集長の島崎博さんをはじめ、たくさんの方々にご協力いただきながら編集し、余勢を駆って次の同人誌を出したいと考えていました。ところが少し手をつけただけで手が停まってしまい、しばらくのあいだ怠惰な時間を過ごしていました。ちょっとした燃え尽き症候群だったのかもしれません。
 しかし、このコンクールのおかげでふたたび火がつき、充実した一年を過ごすことができました。
 第一回こそ一本だけの応募だったのですが、第二回には二本、第三回には三本、第四回には四本と等差数列的に増えていき、加速度がついてのめりこみました。私ほど、このコンクールを楽しんだ人間はいないのではないかと思います。選考の諸先生方をはじめ関係者の皆さま、本当にお世話になりました。
 思いがけない複数回の入選も「ほかの日本推理作家協会主催の賞は、推協賞にしても乱歩賞にしても、同一の賞を何度も受賞することはない」と思い、名誉に感じております。ただ、ひとつだけ残念だったのは、最終回となる第四回のコンクールのみが対象作品が推理作家協会賞受賞作に限定されておらず、江戸川乱歩賞受賞作にまで拡大されたということに気づかなかったこと。実はつい一時間ほど前に知りました。知っていたなら乱歩賞受賞作の書評・評論でも応募し、このコンクールを隅々まで堪能したかった(まだ応募し足りないのかと自分でも思います)。
 一年に渡って書いてきた応募作品は『日本推理作家協会70周年 書評・評論コンクール応募集成』という同人誌にまとめました。本のかたちにしてページをめくると感無量です。なかでもコンクールの経緯を応募者の立場から概観したあとがきには力を込めました。七十周年ということから、頒布価格七〇〇円とし、西荻窪の盛林堂書房という古書店で販売・無事完売いたしました。

 ところでまったく話は変わって、私はとあるメーカーに勤務しているのですが、本年度の江戸川乱歩賞を受賞した斉藤詠一さんは職場の同僚になります。彼は、私と同じフロアの数十メートル離れたところで働いており、私の席から後ろを振り返ると、新乱歩賞作家の後頭部が見えます。通路を歩くたびに、仕事をしている彼の顔を見ることができます。
 彼とは部署は異なり仕事上のつながりは薄いため、終業後に行われた夕礼で乱歩賞受賞が告知され、彼が職場の仲間から拍手を受けるその日まで、私は彼が小説を書いていることを知りませんでした。その後、イントラネットの電子社内報に掲載された乱歩賞受賞の紹介記事を興味深く読み、受賞作『到達不能極』は発売されるとすぐに買い求め、サインをもらい(サイン本としては二冊目だそうです)、さっそく読んで感想を伝えるなど、同じ職場に乱歩賞作家がいるという稀有な経験を満喫しております。
 甲賀三郎と大下宇陀児、山口海旋風と島田一男、あるいは佐野洋と三好徹など、同じ職場に二人の作家がいたという偶然はミステリの長い歴史のなかにはいくつか見受けられますが、小説、評論とジャンルが異なり、また歴史と知名度には大きな差があるものの、日本推理作家協会主催の公募新人賞を同じ年に受賞した二人の人間が同じ職場で働いている、そんな奇跡はおそらくこれまで存在しなかったでしょうし、たぶんこれからもないでしょう。そんな不思議な偶然を当事者として味わえる幸運を感じ、新乱歩賞作家、斉藤詠一さんの今後のご活躍を祈るとともに、彼に負けないよう、私も書評・評論の世界でがんばっていきたいと決意を新たにしております。