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自分にとって大切な3つのミステリの話をしよう

浅木原忍

 連城三紀彦作品にハマって、周りに読んでほしくて同人誌を出したら本格ミステリ大賞をいただいてしまい、尊敬する古処誠二先生について一度何かちゃんと書きたくて『いくさの底』について書いたら、今度は日本推理作家協会に入ることになりました。
 本業は東方Projectというゲームの二次創作小説書きでして、秘封倶楽部を主人公にしたミステリーを中心に同人誌を出す生活を続けて十年以上になります。出した同人誌は百冊以上。在庫の山に埋もれながら原稿に追われる日々を送るうちに、なんだか自分でもよくわからないところに来てしまいました。
 何が言いたいかと言うと、自分の行動原理は一にも二にもファン根性でしかないということで、この原稿もテーマは自由ということですから、自分の好きなミステリについて語ることにしたいと思います。連城三紀彦についてはもう語りすぎて語彙がないので、それ以外で、自分にとって大切な三作品について。
 自分のミステリ観の土台にあるのは、おそらく中学生のときに読んだ上遠野浩平『ブギーポップは笑わない』です。この名作をミステリだと思って読む人はあまりいないと思うのですが、自分にとってはこれこそが人生で最も鮮烈なミステリ体験でした。複数の視点から語られる物語がパズルのように組み合わさって、ひとつの大きな絵が浮かび上がった瞬間の驚き。断片のときには意味の解らなかった場面が、全体像の中にはまり込むことで真の意味を浮かび上がらせたときの「そうだったのか!」の快感。あのときの興奮をもう一度味わいたくて、自分はミステリを読み続けているのかもしれません。
 そして、自分の嗜好を決定付けたのが、アニメ『ファンタジックチルドレン』。輪廻転生ものの恋愛冒険ファンタジー作品ですが、第二十四話を本放送で見たときには、あまりの衝撃に文字通りテレビの前で頭を抱えて叫びました。全ての伏線が回収され、最後に残ったひとつの真実が明らかになった瞬間、それまで見ていた物語が根底から覆され、主人公・トーマのあまりに悲痛な叫びとともに、目の前に全く違う意味をもつ物語が立ち現れたあの瞬間の戦慄は、自分の中にミステリの理想像として刻み込まれました。だからこそ、同種の衝撃を与えてくれる連城三紀彦作品にあれほど夢中になったのだと思います。こんな衝撃を読者に与えられる物語を自分でも書いてみたい、と思って10年以上になりますが、未だに見果てぬ夢です。
 最後は、銘宮(風切羽)の東方二次創作漫画『黄金の降る場所で』。「歴史上から存在そのものを抹消されてしまった被害者当て」という空前絶後の奇想ミステリです。その人物にまつわる記憶も物品も全て失われ、最初から世界に存在していなかったことになった被害者を、被害者の存在が抹消された世界に残された手がかりから論理的に導き出す――という趣向を成立させただけで驚天動地ですが、文字通りの意味で「作品を構成する全て」が最後の一ページ、最後の一言の台詞に集約され、あまりにもやりきれない余韻を残す完璧な結末と、作品全体に仕掛けられた伏線とその大胆すぎる隠蔽の技巧は、もはや神の奇跡。同じ東方でミステリーを書いている身として、この作品がこの世界に存在してくれることに感謝するしかありません。pixivで全編公開されているので、この文章を読んでいるような奇特な方は今すぐ読みに行ってください。東方を知らない人は、この作品の探偵役を務めるキャラ(犬走椛)についてちょっとだけ調べてから読むと良いです。
 そんなわけで自分にとってのミステリとは、犯人当てでもトリックでもロジックでもなく、伏線の回収とそれがもたらす認識異化効果なのだと思います。謎が解決したときに、自分の狭い常識を粉砕する奇想や逆説が立ち現れ、その作品を読んだ後では、世界の見え方が変わってしまうような驚きがもたらされる――それってミステリというよりも、SFのいわゆる「センス・オブ・ワンダー」ってやつなのでは? という疑問はありますが(実際SFも好きです)、そういう嗜好を刷り込まれてしまったので仕方ありません。
 評論の方で賞をいただいてますが、自己認識はあくまで小説書きでして、商業媒体で小説を書くことが今後あるのかどうかは解りませんが、一次創作にせよ二次創作にせよ、読者の世界の見え方を変えてしまえるような小説が書けたらいいなと思います。
 評論の方で評価していただいている身なので、もちろん評論の方でもそういう文章が書けたらいいなとも思いますが、何しろ若輩にして浅学非才の身、そっちは小説よりさらに遠くにある目標のような……。
 何はともあれ日本推理作家協会の末席に名を連ねることになった次第ですから、今後とも精進して参りたい所存です。