日々是映画日和

日々是映画日和(120)――ミステリ映画時評

三橋曉

 公開から二ヶ月が過ぎ、今なお上映中の『パラサイト 半地下の家族』が、ミステリ映画として観ても違和感ないことは前回も書いた。その後、アカデミー賞受賞を追い風に、当時三十億円の興行収入をあげた『私の頭の中の消しゴム』(二〇〇四年)を抜き、日本で公開された韓国映画の歴代興行成績トップに立ったと報じられた。プロモーションで来日した主演のソン・ガンホは、日韓両国の近年の関係を憂い、もっと交流をと訴えていたが、その通りだろう。今回の大ヒットが口火となり、近くて遠い隣国の作品がもっと身近なものになるよう祈るばかりだ。

 そんな願いを込めつつ、さて近日公開の同国作品から始めよう。『チング 友へ』とその続編の監督・脚本クァク・キョンテクを相棒に従えたキム・テギュンの『暗数殺人』は、執念の刑事と狡猾な被疑者の頭脳戦を描いていく。恋人殺しで逮捕されたチュ・ジフンは、一匹狼の刑事キム・ユンソクを相手に、全部で七人を殺害したと告白する。証拠はないが、直感的に嘘ではないと確信した刑事は、相手の言いなりになって手がかりを探そうとする。そしてやっと一体の白骨死体に行き着くが、今度は犯行を否定、実は死体を運んだだけだと被疑者は証言を翻す。周囲の反対をよそに、刑事は更に相手の証言に深入りしていく。
 暗数とは統計値と実際の数値の差のことで(韓国語では悪行の意味もあるようだ)、映画のタイトルは犯罪統計にあがってこない知られざる殺人のことを指している。知能の高いサイコパスよろしく刑事を手玉にとる連続殺人犯を、『アシュラ』『工作』『神と共に』と大活躍のチュ・ジフンが熱演、時に悪魔的な笑みで観客をも翻弄する。『殺人の追憶』や『カエル少年失踪殺人事件』など、実際の事件を下敷きにする手法は韓国映画のお家芸だが、本作もその例に洩れない。物語は一応の決着を見るが、エピローグは映画の終わりに過ぎず、事件をめぐるやるせなさが澱のように余韻となって残る。(★★★1/2)*四月三日公開

 一件の交通事故が被害者と加害者双方の家族の人生を狂わせていくという通り一遍の要約から、『悪の偶像』の内容を想像するのは難しかろう。ある晩のこと、知事への最短距離にあると目される政治家ハン・ソッキュは、息子が飲酒運転で人を轢き殺してしまったことを知り愕然とする。一方、被害者の父ソル・ギョングは、妻を娶ったばかりの息子の亡骸を前に悲嘆に暮れる。しかし事故当時、被害者は新婚旅行のさ中で、同行していた筈の新妻は、なぜか行方不明になっていた。二人の父親は、それぞれの理由から消えた女を探そうとするが、彼女は中国からやってきた不法滞在者だった。
 監督のイ・スジンは、デビュー作『ハン・ゴンジュ 17歳の涙』でマーティン・スコセッシの激賞を受けたという監督だが、二人の名優が地の底を這うように演じる魂の彷徨を克明に捉え、これぞコリアン・ノワールともいうべき世界を繰り広げてみせる。前述のように、先のまったく読めない展開は本作の大きな魅力だが、それにも増して観客の度肝を抜くのが、同じ監督のデビュー作で主役を演じて以来のチョン・ウヒの壮絶なヒロイン像だろう。父親役二人の存在感に一人で拮抗し、この作品の暗く絶望的な世界を支える重要なキャラクターとして、とんでもない暴走を披露するのである。(★★★1/2)*四月十七日公開

 監督名のカタカナ表記はドナート・カリシだが、「六人目の少女」のドナート・カッリージといえば、ミステリ読者にはおなじみだろう。『霧の中の少女』は、作家自身による自作の映画化作である。引退も近い老精神科医ジャン・レノは深夜に呼び出され、警察から捜査協力を要請される。面談の相手は、任務を終えたばかりの警部トニ・セルヴィッロだった。数週間前、クリスマスの田舎町を騒がせた少女失踪事件は、目撃者や手がかりもなく捜査は難航するが、マスコミを扇動する強引な手法で、警部は犯人逮捕に漕ぎ着ける。しかしその直後、ベテラン記者のグレタ・スカッキがもたらした情報は、捜査を根底から覆すことに。
 トニ・セルヴィッロの警部役がやけに既視感あると思ったら、『湖のほとりで』(原作はカリン・フォッスム)でも刑事だった。それはさておき、ユニークなのは、犯人を挙げるためなら手段を選ばない警部の捜査で、それが終盤の急展開をよりスリリングに加速させる。被害者が通う高校で教鞭をとる教師アレッシオ・ボーニの容疑が深まっていくくだりはやや冗長だが、観終えてみると、ゲスト扱いのジャン・レノをキャスティングした理由も含めて、すとんと腑に落ちる。ダスティン・ホフマンも出演しているという監督第二作もぜひ観てみたい。(★★★1/2)

 とうに還暦を越えたチョウ・ユンファが老いを感じさせないアクションを見せる『プロジェクト・グーテンベルク 贋札王』は、『インファナル・アフェア』の脚本を手掛けたフェリックス・チョンの作品として期待通りだ。タイの刑務所から移送されたアーロン・クォックは、贋札団のメンバーとして香港警察の警部補キャサリン・チャウの取調べを受ける。当局の狙いは、一味の首魁〝画家〟の捕縛だったが、そこに現れた友人を名乗る美術家のチャン・ジンチューは保釈を要求。その対価として、主人公は画家(チョウ・ユンファ)について語り始める。それは貧しく孤独だった彼自身の悪のサクセスストーリーでもあった。
 次々詳らかにされていく贋札ビジネスのディテールも見どころの一つだが、使われている映像の叙述トリックは、誰もがご存じの某名作で既に有名なものだ。とはいえ、チョウ・ユンファの大胆な使い方といい、メインのプロットに組み込まれた細やかな人間模様やエピソードの数々といい、応用編としては十分な合格点。ほぼ一発芸とはいえ切れ味鮮やかだった本家に対し、クライマックスにおける意想外な展開の釣瓶撃ちなど、実に見応えある。画家と主人公の疑似父子関係を思い返さざずにはおれないラストの余韻も含め、細やかな仕上がりといっていい。ちなみに、監督は横溝正史や松本清張の読者だとか。(★★★★)

※★は最高が四つ、公開日記載なき作品は、すでに公開済みです。