日々是映画日和(139)――ミステリ映画時評
米アカデミー賞の季節がまためぐってきた。授賞式は現地時間三月二十七日だが、今年は作品賞を含む四部門で濱口竜介監督の『ドライブ・マイ・カー』が候補に挙がっていることも話題の一つだ。少し前にここで同監督の『偶然と想像』を採り上げたが、この作品もまたミステリ映画であり、急逝した妻の遺した未解決の謎を胸に秘め、彷徨う心を胸に秘めて生きる夫の姿を描いていく。ノミネートに便乗の再上映が各地で盛んなので、興味のある方は予習(復習)をされるのもいいだろう。
さて、今月はやはりアカデミー賞にノミネートされている『ナイトメア・アリー』から。一九三九年、巡業中のカーニバルにたどり着いたスタン(ブラッドリー・クーパー)は、座長(ウィレム・デフォー)に声を掛けられ、インチキ読心術師(トニ・コレット)の助手として働き始めた。やがてメキメキとトリックの腕をあげ、電流ショーの花形モリー(ルーニー・マーラ)と駆け落ちする。二年後、一流の読心術コンビとなった二人は都会で上流階級をカモに荒稼ぎをしていたが、ショーを通じて精神分析医のリリス(ケイト・ブランシェット)と知り合うと、一攫千金の危ない橋を渡ることに。
タイロン・パワー主演のフィルム・ノワール『悪魔の往く町』(一九四七年)のリメイク、というより自作の主人公さながら数奇な人生を送ったウィリアム・リンゼイ・グレシャムの同題小説の七十余年ぶり、二度目の映画化と言った方がいいかもしれない。主人公の運命の歯車となる強力な女優陣の三人三様に幻惑される二時間半だが、獣人(ギーク)という人が作り出した異形の存在感と、極彩色の悪夢ともいうべき画面に、ギレルモ・デル・トロの本領が発揮されている。本国で限定公開されたモノクロ版があるそうで、そちらにも興味をそそられる。(★★★)*三月二十五日公開
リメイクや続編というのともちょっと違う、シリーズものでいうリブートに近いのが『バーニング・ダウン 爆発都市』だ。元は『SHOCK WAVE ショック ウェイブ 爆弾処理班』(二〇一七年)で、アンディ・ラウ主演や監督のハーマン・ヤウをはじめ、香港警察の爆発物処理チームとテロリストの対決を描く点は同じだが、それ以外のほぼすべてをリセットし、新たな物語を作り上げている。多数の死者を出したホテル爆破テロの実行犯として逮捕されたフォン(アンディ・ラウ)は、その時の衝撃で記憶を喪失していた。過去には爆弾処理チームのエースとして活躍したが、片足を失った後、職を辞して姿を消していたのだ。隙をつき逃走した彼に接触してきたのは、元同僚でかつての恋人ポン(ニー・ニー)だった。自分の正体をテロ組織に潜入中の捜査官だと告げられたフォンは驚愕するが。
クライマックスに匹敵するカタストロフを突きつけるケレン味たっぷりの幕開きから、中盤は香港映画の十八番である潜入捜査ものに捻りを加えたプロットで畳み掛ける。主役のアンディに加え、その元相棒の親友役として、ラウ・チンワンまでが登場するのだから、香港ノワールのファンは堪えられないだろう。過去と現在、正義とテロの間で揺らぐ主人公の不安感と、五里霧中に置かれる観客の緊張感を共振させる記憶喪失という要素の使い方にも唸らされた。(★★★★)*四月十五日公開
レイフ・ファインズの監督作もあり紛らわしいが、アスガー・ファルハディの新作の邦題も『英雄の証明』だ。多額の借金で元義父(モーセン・タナバンデ)から訴えられ服役中のラヒム(アミル・ジャディディ)が、休暇で仮釈放となった。恋人(サハル・ゴルデュースト)が拾った金貨を返済に充て、彼は自由の身になろうとするが、結局は罪悪感から落とし主を捜すこととなり、姉(マルヤム・シャーダイ)を介して名乗り出た女性に金貨を返す。しかし、そのニュースを美談としてマスコミが煽り、世間に喧伝されると、なぜか落とし主との連絡が取れなくなってしまう。
マスコミやSNSによる不確かな情報拡散による収拾のつかない事態を描いた堂々たる社会派のドラマだが、今回もミステリの手法が効果的に使われている。拾った金貨は、果たして天の贈り物か、それとも神が課す試練か? 作中の当事者が知り
得ない事実を、さりげなく観客に気付かせてみせる巧妙さが光っている。主人公の人間性を徐々に浮き彫りにしていく、吃音の長男や姉夫婦らとの信頼関係の温もりが印象に残る。(★★★1/2)*四月一日公開
リメイク権が忽ちハリウッドに売れたという『スピリットウォーカー』は、なるほど衝撃的だ。交通事故現場で目覚めた主人公(ユン・ゲサン)は、自分が誰で、なぜ此処にいるかを思い出せなかった。発見者のホームレス(パク・チファン)の通報で病院に運ばれるが、翌日警察から逃げるように病院を抜け出し、所持していた名刺の住所を訪ねる。すると一瞬、別の場所に移動し、外見も別人になっていた。探し出した前日のホームレスと話をするうち、自分が十二時間毎に様々な人物に転移していることに気づく。自身の原点探しが始まるが、その瞬間またも転移してしまう。
新手のシチュエーション・スリラーと思いきや、やがて浮上してくる自分探しのテーマに意表を突かれる。主人公の行く先々には、美しい同僚(イム・ジヨン)が現れ、彼に銃を向けるが、実は男女のすれ違いのドラマでもある。ただ問題は人格転移状態の人物の描き方で、主人公であり別人でもある二重の存在を観客にどう見せるかには、やはり改善の余地ありだろう。難題ではあるが、そこに上手い工夫あれば、満点を付けたかもしれない。(★★★1/2)*四月一日公開
※★は最高が四つ、公開日なき作品は、すでに公開済みです。
さて、今月はやはりアカデミー賞にノミネートされている『ナイトメア・アリー』から。一九三九年、巡業中のカーニバルにたどり着いたスタン(ブラッドリー・クーパー)は、座長(ウィレム・デフォー)に声を掛けられ、インチキ読心術師(トニ・コレット)の助手として働き始めた。やがてメキメキとトリックの腕をあげ、電流ショーの花形モリー(ルーニー・マーラ)と駆け落ちする。二年後、一流の読心術コンビとなった二人は都会で上流階級をカモに荒稼ぎをしていたが、ショーを通じて精神分析医のリリス(ケイト・ブランシェット)と知り合うと、一攫千金の危ない橋を渡ることに。
タイロン・パワー主演のフィルム・ノワール『悪魔の往く町』(一九四七年)のリメイク、というより自作の主人公さながら数奇な人生を送ったウィリアム・リンゼイ・グレシャムの同題小説の七十余年ぶり、二度目の映画化と言った方がいいかもしれない。主人公の運命の歯車となる強力な女優陣の三人三様に幻惑される二時間半だが、獣人(ギーク)という人が作り出した異形の存在感と、極彩色の悪夢ともいうべき画面に、ギレルモ・デル・トロの本領が発揮されている。本国で限定公開されたモノクロ版があるそうで、そちらにも興味をそそられる。(★★★)*三月二十五日公開
リメイクや続編というのともちょっと違う、シリーズものでいうリブートに近いのが『バーニング・ダウン 爆発都市』だ。元は『SHOCK WAVE ショック ウェイブ 爆弾処理班』(二〇一七年)で、アンディ・ラウ主演や監督のハーマン・ヤウをはじめ、香港警察の爆発物処理チームとテロリストの対決を描く点は同じだが、それ以外のほぼすべてをリセットし、新たな物語を作り上げている。多数の死者を出したホテル爆破テロの実行犯として逮捕されたフォン(アンディ・ラウ)は、その時の衝撃で記憶を喪失していた。過去には爆弾処理チームのエースとして活躍したが、片足を失った後、職を辞して姿を消していたのだ。隙をつき逃走した彼に接触してきたのは、元同僚でかつての恋人ポン(ニー・ニー)だった。自分の正体をテロ組織に潜入中の捜査官だと告げられたフォンは驚愕するが。
クライマックスに匹敵するカタストロフを突きつけるケレン味たっぷりの幕開きから、中盤は香港映画の十八番である潜入捜査ものに捻りを加えたプロットで畳み掛ける。主役のアンディに加え、その元相棒の親友役として、ラウ・チンワンまでが登場するのだから、香港ノワールのファンは堪えられないだろう。過去と現在、正義とテロの間で揺らぐ主人公の不安感と、五里霧中に置かれる観客の緊張感を共振させる記憶喪失という要素の使い方にも唸らされた。(★★★★)*四月十五日公開
レイフ・ファインズの監督作もあり紛らわしいが、アスガー・ファルハディの新作の邦題も『英雄の証明』だ。多額の借金で元義父(モーセン・タナバンデ)から訴えられ服役中のラヒム(アミル・ジャディディ)が、休暇で仮釈放となった。恋人(サハル・ゴルデュースト)が拾った金貨を返済に充て、彼は自由の身になろうとするが、結局は罪悪感から落とし主を捜すこととなり、姉(マルヤム・シャーダイ)を介して名乗り出た女性に金貨を返す。しかし、そのニュースを美談としてマスコミが煽り、世間に喧伝されると、なぜか落とし主との連絡が取れなくなってしまう。
マスコミやSNSによる不確かな情報拡散による収拾のつかない事態を描いた堂々たる社会派のドラマだが、今回もミステリの手法が効果的に使われている。拾った金貨は、果たして天の贈り物か、それとも神が課す試練か? 作中の当事者が知り
得ない事実を、さりげなく観客に気付かせてみせる巧妙さが光っている。主人公の人間性を徐々に浮き彫りにしていく、吃音の長男や姉夫婦らとの信頼関係の温もりが印象に残る。(★★★1/2)*四月一日公開
リメイク権が忽ちハリウッドに売れたという『スピリットウォーカー』は、なるほど衝撃的だ。交通事故現場で目覚めた主人公(ユン・ゲサン)は、自分が誰で、なぜ此処にいるかを思い出せなかった。発見者のホームレス(パク・チファン)の通報で病院に運ばれるが、翌日警察から逃げるように病院を抜け出し、所持していた名刺の住所を訪ねる。すると一瞬、別の場所に移動し、外見も別人になっていた。探し出した前日のホームレスと話をするうち、自分が十二時間毎に様々な人物に転移していることに気づく。自身の原点探しが始まるが、その瞬間またも転移してしまう。
新手のシチュエーション・スリラーと思いきや、やがて浮上してくる自分探しのテーマに意表を突かれる。主人公の行く先々には、美しい同僚(イム・ジヨン)が現れ、彼に銃を向けるが、実は男女のすれ違いのドラマでもある。ただ問題は人格転移状態の人物の描き方で、主人公であり別人でもある二重の存在を観客にどう見せるかには、やはり改善の余地ありだろう。難題ではあるが、そこに上手い工夫あれば、満点を付けたかもしれない。(★★★1/2)*四月一日公開
※★は最高が四つ、公開日なき作品は、すでに公開済みです。