日々是映画日和(149)――ミステリ映画時評
借金ならぬ課金地獄で喘いでいる。雪だるま式にかさんでいく有料配信サービス料金のせいだ。そろそろ退会してもいいかなと思っていると、気になる新作がラインナップに加わるというのがこの方面のマーフィーの法則で、利用中のサービスからなかなか抜け出せないばかりか、本邦未公開作を看板に掲げた新手のサービスが次々やってくる。さてどうしたものか、なんとも悩ましい。という訳で(?)、今回はまず配信地獄発の話題作から始めたい。
まずは二年ぶりの続編である『エノーラ・ホームズの事件簿2』から。先の事件を解決し、勢い込んで探偵を開業したものの、世間の目は兄シャーロックにしか向かず、意気消沈する妹エノーラのもとを少女が訪ねてくる。マッチ工場で働いていた姉のサラが行方不明だという。張り切って失踪人の勤務先に潜入するが、街中ではチフスが流行、工場でも次々女工たちが病に倒れていた。ほどなくサラが工場の事務室から名簿を盗んでいたことを知ると、彼女が夜は踊り子として働いていたナイトクラブを訪ね、重要な手がかりを得る。しかしそれをたどるエノーラは、ある金融犯罪を追う兄と殺人現場で鉢合わせすることに。
今回もまたユーモアを交えたグラフィックノベル調の軽快なテンポが楽しい。二年ぶりだが、ミリー・ボビー・ブラウンの溌剌とした輝きは色褪せておらず、折に触れ観客に向かって語りかける親しみ易さも健在。一方で妹の前では少しだけ人間臭さを覗かせるヘンリー・カヴィル演じるホームズもいい味を出している。ホームズに妹がいたという二次創作と、その母親の存在までもが物語に絡み、女性讃歌のテーマを高らかに謳いあげる。原典をいやでも思い出させるエンディングも絶妙で、はたと膝を打つこと必至のラストも第三作への期待を募らせる。(★★★★)※ネットフリックスで11月4日から配信中
スティーヴン・ソダーバーグほどの大物監督の新作も、近年日本では映画館で上映されないことが多い。『KIMI サイバー・トラップ』も配信で公開された一本だ。シリやアレクサのようなAIによる音声アシスタント〝KIMI〟の製造元に雇われる主人公のアンジェラ(ゾーイ・クラヴィッツ)は、ユーザーのログを音声で確認し、アルゴリズムの修正作業を自宅で行なっている。ある時、彼女は殺人現場の記録と疑われるログを開いてしまう。上司は自社株の公開が目前であることから、無視しろと命じるが、彼女は同僚の手助けでそのユーザーを調べ、本社に出向きFBIへの通報を迫る決心をする。しかし大きな壁があった。彼女は深刻な広場恐怖症に苦しんでいたのだ。
ヒッチコックの『裏窓』の現代版と言ったらいいだろうか。たまたま殺人事件を察知した主人公が、今度は自分が命を狙われるという典型的なサスペンスものだが、IT業界の最前線やプライバシー保護をめぐる社会性とシンクロしながら、終盤の意表を突く展開にも最新のテクノロジーが絡んでくる。窮地に立たされ動揺するヒロインの心模様を映し出す映像表現も新鮮で、引き篭もりから脱却していく彼女の悪戦苦闘をも巧みに描いてみせる。長尺作品に慣らされた観客には終盤がややあっけなく映るかもしれぬが、緊張感は90分を切るランニングタイムに凝縮されている。(★★★1/2)※アマゾンプライムで2月10日から配信中
1953年のロンドン。ロングランを続けるクリスティの舞台劇「ねずみとり」が百回上演の節目に、映画化の話が持ち上がった。しかし、劇場主が催すパーティで、その監督候補のアメリカ人(エイドリアン・ブロディ)が殺され、舞台上で死体が見つかる。警部のサム・ロックウェルは、あてがわれた新米巡査のシアーシャ・ローナンを相棒に渋々捜査に乗り出すが、今度は第一容疑者の脚本家が死体で見つかり、あろうことか自分が容疑者となってしまう。
ディズニー・ジャパンは「ウエスト・エンド殺人事件」と予告していたが、『See How They Run』という原題のまま配信がスタートした。ミステリの女王の有名な戯曲を上演中の劇場という舞台設定で、後半は雪降るウインタブルック・ハウスに舞台が移り、なんとクリスティ本人(シャーリー・ヘンダーソン)まで登場する。真相には、原型短編の創作秘話らしい聞いたことのないエピソードが絡むのだが、それが本当の話なのか、識者からの教えを乞いたいところ。ともあれ、殆ど意味のないセパレート場面や、バレバレの画面合成など、うんざりする要素には事欠かない。全体に大味な作りで、Rotten Tomato のそこそこ高い評価もまったく納得いかない。(★1/2)※10月23日よりディズニー+で配信中
携帯電話の普及は映画の世界にも影響も与えたが、『ワイルド・ロード』の状況設定も、前号の『ナイトライド』同様にそこから生まれたものだろう。車中と外部との電話のやりとりに終始する犯罪映画だ。女ボスを裏切り、組織の金と麻薬を持ち逃げしたヴィックは、仲間とはぐれ、乗合バスで逃走中。乗客たちの目線を避けながら外部と連絡を取り合い、逃走経路を画策する。離れ離れとなった仲間も次々殺され、自身も銃で撃たれた失血に苦しみながら、最初は目障りだった前座席の家出少女ネットと言葉を交わす。しかし、組織の追っ手は意外な形で彼の背後に迫っていた。
バスの中で周囲の客たちへの疑心暗鬼に駆られる前半、中盤からは電話の相手が誰なのか詳らかにされ、主人公の背負う過去も明らかになっていく。終始、長距離バスの中という密室劇のシチュエーションを活かし、すべてのピースが収まるべき所に収まるクライマックスも見事決まる。主演のコルソン・ベイカーはラッパーとしても有名だが、役者としての存在感も確か。作中の幼い長女役が実娘だと聞いて驚いた。(★★★1/2)
※12月2日公開
※★はの数は最高が四つです。
まずは二年ぶりの続編である『エノーラ・ホームズの事件簿2』から。先の事件を解決し、勢い込んで探偵を開業したものの、世間の目は兄シャーロックにしか向かず、意気消沈する妹エノーラのもとを少女が訪ねてくる。マッチ工場で働いていた姉のサラが行方不明だという。張り切って失踪人の勤務先に潜入するが、街中ではチフスが流行、工場でも次々女工たちが病に倒れていた。ほどなくサラが工場の事務室から名簿を盗んでいたことを知ると、彼女が夜は踊り子として働いていたナイトクラブを訪ね、重要な手がかりを得る。しかしそれをたどるエノーラは、ある金融犯罪を追う兄と殺人現場で鉢合わせすることに。
今回もまたユーモアを交えたグラフィックノベル調の軽快なテンポが楽しい。二年ぶりだが、ミリー・ボビー・ブラウンの溌剌とした輝きは色褪せておらず、折に触れ観客に向かって語りかける親しみ易さも健在。一方で妹の前では少しだけ人間臭さを覗かせるヘンリー・カヴィル演じるホームズもいい味を出している。ホームズに妹がいたという二次創作と、その母親の存在までもが物語に絡み、女性讃歌のテーマを高らかに謳いあげる。原典をいやでも思い出させるエンディングも絶妙で、はたと膝を打つこと必至のラストも第三作への期待を募らせる。(★★★★)※ネットフリックスで11月4日から配信中
スティーヴン・ソダーバーグほどの大物監督の新作も、近年日本では映画館で上映されないことが多い。『KIMI サイバー・トラップ』も配信で公開された一本だ。シリやアレクサのようなAIによる音声アシスタント〝KIMI〟の製造元に雇われる主人公のアンジェラ(ゾーイ・クラヴィッツ)は、ユーザーのログを音声で確認し、アルゴリズムの修正作業を自宅で行なっている。ある時、彼女は殺人現場の記録と疑われるログを開いてしまう。上司は自社株の公開が目前であることから、無視しろと命じるが、彼女は同僚の手助けでそのユーザーを調べ、本社に出向きFBIへの通報を迫る決心をする。しかし大きな壁があった。彼女は深刻な広場恐怖症に苦しんでいたのだ。
ヒッチコックの『裏窓』の現代版と言ったらいいだろうか。たまたま殺人事件を察知した主人公が、今度は自分が命を狙われるという典型的なサスペンスものだが、IT業界の最前線やプライバシー保護をめぐる社会性とシンクロしながら、終盤の意表を突く展開にも最新のテクノロジーが絡んでくる。窮地に立たされ動揺するヒロインの心模様を映し出す映像表現も新鮮で、引き篭もりから脱却していく彼女の悪戦苦闘をも巧みに描いてみせる。長尺作品に慣らされた観客には終盤がややあっけなく映るかもしれぬが、緊張感は90分を切るランニングタイムに凝縮されている。(★★★1/2)※アマゾンプライムで2月10日から配信中
1953年のロンドン。ロングランを続けるクリスティの舞台劇「ねずみとり」が百回上演の節目に、映画化の話が持ち上がった。しかし、劇場主が催すパーティで、その監督候補のアメリカ人(エイドリアン・ブロディ)が殺され、舞台上で死体が見つかる。警部のサム・ロックウェルは、あてがわれた新米巡査のシアーシャ・ローナンを相棒に渋々捜査に乗り出すが、今度は第一容疑者の脚本家が死体で見つかり、あろうことか自分が容疑者となってしまう。
ディズニー・ジャパンは「ウエスト・エンド殺人事件」と予告していたが、『See How They Run』という原題のまま配信がスタートした。ミステリの女王の有名な戯曲を上演中の劇場という舞台設定で、後半は雪降るウインタブルック・ハウスに舞台が移り、なんとクリスティ本人(シャーリー・ヘンダーソン)まで登場する。真相には、原型短編の創作秘話らしい聞いたことのないエピソードが絡むのだが、それが本当の話なのか、識者からの教えを乞いたいところ。ともあれ、殆ど意味のないセパレート場面や、バレバレの画面合成など、うんざりする要素には事欠かない。全体に大味な作りで、Rotten Tomato のそこそこ高い評価もまったく納得いかない。(★1/2)※10月23日よりディズニー+で配信中
携帯電話の普及は映画の世界にも影響も与えたが、『ワイルド・ロード』の状況設定も、前号の『ナイトライド』同様にそこから生まれたものだろう。車中と外部との電話のやりとりに終始する犯罪映画だ。女ボスを裏切り、組織の金と麻薬を持ち逃げしたヴィックは、仲間とはぐれ、乗合バスで逃走中。乗客たちの目線を避けながら外部と連絡を取り合い、逃走経路を画策する。離れ離れとなった仲間も次々殺され、自身も銃で撃たれた失血に苦しみながら、最初は目障りだった前座席の家出少女ネットと言葉を交わす。しかし、組織の追っ手は意外な形で彼の背後に迫っていた。
バスの中で周囲の客たちへの疑心暗鬼に駆られる前半、中盤からは電話の相手が誰なのか詳らかにされ、主人公の背負う過去も明らかになっていく。終始、長距離バスの中という密室劇のシチュエーションを活かし、すべてのピースが収まるべき所に収まるクライマックスも見事決まる。主演のコルソン・ベイカーはラッパーとしても有名だが、役者としての存在感も確か。作中の幼い長女役が実娘だと聞いて驚いた。(★★★1/2)
※12月2日公開
※★はの数は最高が四つです。