ご挨拶
藤ノ木優
このたび、新たに入会しました藤ノ木優です。小学館主催の「おいしい小説大賞」の最終候補から、2021年6月に「まぎわのごはん」という作品でデビューした新人作家です。入会に際してご尽力頂いた皆さまに、この場を借りて御礼申し上げます。
普段は自身が運営している産婦人科クリニックの院長として、日々診療にあたっております。早いもので開業から6年経ちましたが、立ち上げに関しては、膨大な作業はもちろん、精神的なストレスも大変多く、それこそ小説を一編書けそうなほどの経験をしましたが、おかげさまで現在、医業は安定しております。
さて、医学の世界で生きてきた私が、なぜ小説の世界に飛び込んだのかと言いますと、突然書いてみたくなったという情熱に突き動かされたという他ありません。開業後、まだ閑古鳥が鳴く院内で過ごす日々で迎えた2018年、「義母と娘のブルース」「アンナチュラル」というドラマに心底感動したのです。そこで、なにを思ったのか、こんな人の心を動かすような物語を自分でも書いてみたいと思うようになりました。自ら書きたいと思うかが小説家になる分岐点とはよく目にする言葉ですが、まさにそれでした。
恥ずかしながらそれまで小説をほぼ読んだことがありませんでしたので、いくつもの小説を読み、小説や脚本の指南書で手法を学び、試行錯誤を繰り返しながら文学賞に挑戦すること1年、前述の文学賞の最終候補に選ばれ、デビューを果たしました。現在は出版業界の厳しさを痛感する日々で、新作を刊行するたびに打ちのめされておりますが、これまでに3作品を世に送り出すことができ、今後もコツコツと自作を積み重ねて参りたいと思います。
私の書く小説ジャンルは一般エンタメです。一般エンタメとはなんぞやと問われても、はっきりとした解はないのですが、少なくとも推理小説ではありません。そんな私が、今回畑違いの推理作家協会の門を叩いた理由は2つあります。
ひとつ目は、物語を引っ張る核として、ミステリー要素が非常に重要であることを痛感したためです。創作論の観点から、どのようにミステリーを絡めて物語を推進させているのか、そして作家の皆さまが、どのようなマインドでそのエッセンスを鏤めているのかを学びたいという思いです。
もうひとつが、コロナ禍です。
新型コロナウイルス感染症は本当に面倒臭い病だと、知人医師たちとよく話しております。すでに世界中で蔓延してしまったこの病は、個々の背景によって全くリスクが異なる特徴があり、社会全体がこの病とどう付き合ってゆくべきかを、手探りで探していくような3年間でしたが、どの国も、未だ解決が見えているわけではありません。この間、様々な業界が大きな打撃を受けたという事実は、皆さまも既知の通りだと思います。
私の作家挑戦についても、コロナの煽りを多大に受けました。1作目の刊行日は3回目の緊急事態宣言と被り、多くの書店が休業に追い込まれる中でのデビューとなりました。2作目も、オミクロン株が猛威を振るった第7波と重なりました。しかし、それ以上に大きな悩みであったのが、人との繋がりができなかったことです。文学賞の授賞式はなく、出版関係のイベントも軒並み中止、そんな中で、私が知る作家業の知人は担当編集者のみでした。その唯一の知人と実際に顔を合わせることができたのでさえ、最終候補の連絡を受けてから一年半後の、コロナの波の合間です。業界でどのような人たちが働いているのかもわからないし、他作家の情報はネットでしか知り得ない、行き詰まったときに誰に何を相談してよいのかもわからず、特にデビューから1年間は暗闇の中で彷徨っているような思いでした。コロナ禍初年に中・高校に入学した学生たちが、今まで当たり前のようにあったイベントをことごとく中止され、さらに長期のマスク生活により、同級生の顔すら知らないまま卒業に至る現状が報道されている昨今ですが、もちろん彼らほどの悲惨な状況ではないものの、共感する部分が多いのです。
ネットの発達により、人との繋がりが容易に構築され、むしろその弊害が叫ばれていた時代から突然世界は変わり、交流が強制的に制限されているいま、自ら繋がりを作っていかねばならない世の中になったのだと強く感じます。そこで今回、作家としての人の繋がりを求めて、推理作家協会への入会を決めました。あまり社交的な人間ではありませんが、様々な催しに積極的に参加していこうと思っております。
皆さまと、直接お会いできることを楽しみにしております。畑違いの作家であり、知識も乏しい若輩者ですが、その時はどうぞ、色々なことを教えて頂ければと思います。