日々是映画日和

日々是映画日和(153)――ミステリ映画時評

三橋曉

 非ミステリ映画に擬態するミステリ映画を探すことこそミステリ映画の愉しみ、と以前にも書いた記憶がある。フランス映画『パリタクシー』も、そんな一期一会の心で鑑賞したが、残念ながら意外性はさほどではなかった。ただし、下手をすると前面に出してネタバレの宣伝をしかねない〝ある要素〟を伏せての公開となったのが実に好ましい。ささやかな驚きこそが、この映画の肝だからだ。いや、まさに一期一会の映画ですよ。

 さて、いつの間にか公式でも〈魔女ユニバース〉の呼称で括られ、今後の展開には無限の可能性すら感じさせるシリーズ第二作の『THE WITCH/魔女 ―増殖―』。パート1を掲げた前作から五年ぶりの登場である。
 血にまみれ、茫然自失の態で山中の自動車道を歩く謎の少女(シン・シア)。彼女は、極秘の実験プロジェクトが生んだ無類の戦闘能力を誇るミュータントの個体で、集団から逸れ、彷徨っていた。そんな彼女の眠っていた人間性を揺り起こしたのは、偶然出会った二人暮らしの姉弟だった。しかし束の間少女に訪れた心の平和は、複数の追う者たちにより無惨にも踏み躙られていく。
 ひと昔前だったら、キングやクーンツの十八番だったテーマを韓国流に料理してみせる。前作からの長いインターバルは、引き続き監督・脚本のパク・フンジョンの拘りの深さゆえか、それとも安易なハリウッド・リメイクは許さん、という強気のスタンスなのか。オーディションで選ばれたヒロインを始め出演陣も素晴らしく、自閉スペクトラム症の弁護士と同一人物とは思えないパク・ウンビンはじめ、謎の組織が放つ凄腕の刺客ソ・ウンスら女優たちの活躍に目を瞠る。『嘆きのピエタ』のチョ・ミンスの前作と異なる役どころや、終盤俄かに明らかになる前作との繋がりなど、シスターフッドの物語も垣間見えるようだ。ぜひ三部作程度で無難にまとめず、スケール大きなシリーズに発展させていってほしいと思う。(★★★1/2)*5月26日公開

 タランティーノや「ジョン・ウィック」シリーズにリスペクトを捧げつつ、コリアン・アクション映画の可能性も切り拓かんとする『キル・ボクスン』。タイトルロールの殺し屋が庶民派の佇まいもあるチョン・ドヨンであることに、まず意表を突かれる。さらに日本のヤクザを演じるファン・ジョンミンとの息を呑む一騎打ちに、冒頭から痺れてしまう。
 だが、常に一歩先を読み、百戦百勝の女殺し屋にも、弱点があった。シングルマザーの彼女には、反抗期まっ只中の娘がいたのだ。そんな折、どうしても納得の行かない案件を任され、仕事を放棄してしまう。生き馬の目を抜く業界で孤立し、彼女は窮地に立たされていくが。
 アクション・シーンは、質量共に期待を裏切らないし、殺し屋稼業の非情な世界観が覗くあたりもいい。一方、気になったのは主人公の家庭生活のホームドラマ調で、社会の裏側では殺人会社がしのぎを削るというリアリティ薄い設定と共に、不整合感を最後まで拭えない。雇用主ソル・ギョングとの師弟関係や、その妹イ・ソムとの確執のドラマは悪くないのだが。監督は、『名もなき野良犬の輪舞』のビョン・ソンヒョン。水と油の相容れない要素の理想的配合を探りつつ、いい仕事をしているが、まだ伸びしろはありそうだ。(★★★1/2)※3月31日からNetflixで配信

『96時間』で人気に火がつき、フィリップ・マーロウを演じるまでになった人気者のリーアム・ニーソンだが、『MEMORY メモリー』での役どころは、アルツハイマーの病魔に冒されつつある殺し屋アレックスである。
 主人公の殺しのプロフェッショナルに引退を決意させたのは、著しい記憶力の減退だった。しかし彼の腕を見込む仲介人は、それを許さない。やむなく受けた次の仕事のターゲットは、十代前半の少女だった。子どもは殺さないという信条から契約を破棄しようとするが、翌日、少女は死体となっていた。殺し屋は怒りの矛先を雇い主に向け、行動を開始する。
 実は主人公はもう一人いて、そのFBI捜査官をガイ・ピアースが演じている。相棒の女捜査官(タジ・アトワル)やメキシコの刑事(ハロルド・トーレス)とのチームで人身売買組織を追う彼らは、やがて警察上層部の腐敗に行き当たる。善玉と悪玉という主人公の二面性に、やや手を焼いている印象もある脚本だが、物語の結末には誰もが息を呑むだろう。正義のあり方をめぐる、観客への問いかけにも思える。ちなみに、改変されているそうだが、ベルギー映画『ザ・ヒットマン』(二〇〇三年)のリメイクのようだ。(★★★)*5月12日公開

 元祖ロール・プレイング・ゲームの映画化『ダンジョンズ&ドラゴンズ/アウトローたちの誇り』は、主人公らの脱獄シーンから始まる。めでたく俗世界に戻った吟遊詩人で盗賊のエドガンだったが、昔の仲間で今は策士ソフィーナの後押しで領主に収まる詐欺師フォージに愛娘との仲を裂かれ、預けた石板を奪われてしまう。エドガンは石板の不思議な力で、異種族に殺された妻を甦らせようとしていたのだ。やむなく相棒の女闘士ホルガや魔法使いサイモン、祭司ドリックの力を借り、主人公は娘と石板の奪還を企むが。
 所謂ファンタジー・アドベンチャーものだが、脱獄や強奪のミッションに重きが置かれた物語には、犯罪小説でいうケイパーものの楽しさがある。そう、盗人の主人公エドガンは、ウェストレイクが産んだ天才犯罪プランナーのジョン・ドートマンダーなのである。『最後の追跡』のクリス・パインを主人公に、頼りになる仲間のミシェル・ロドリゲスやソフィア・リリス、敵役にはヒュー・グラントと、それぞれのカラーを活かしたキャスティングもいい。(★★★)*3月31日公開

※★は四つが最高です。