第九回 マジでやられたミステリ演劇
ミステリは真相を知ったときに「やられた」と思うことが多いが、ミステリ演劇では展開に度肝を抜かれる経験がしばしば生じる。
斜線堂有紀が脚本を担当したREADING MUSEUM『池袋シャーロック、最初で最後の事件』(二〇二一年一月二六日~二月七日/配信のみ)は、犯罪心理学を専門とする立帝大学教授の北崎が、キャンパス内で起きた殺人事件を探る物語だ。名探偵に憧れる北崎とはいえ、推理力はまったくなく、旧友、非常勤講師、助手、教え子らが代わりに解決に挑む。全六幕で構成されていて、第一幕を観ると、北崎の研究室を舞台に繰り広げられるキャラクターがメインの物語に感じられる。事件発生から解決まで、シンプルながらもまっすぐな一本の線でつながる、ごく普通の本格ミステリだ。だが、衝撃は第二幕以降で起きる。サウンドノベル『ひぐらしのなく頃に』を連想させる展開になるのかと思いきや、第三幕では構成そのものを逆手に取った物語展開が待ち受ける。必要最小限の舞台と役者も功を奏しているのだろう。現在は映像配信サービスdTVで視聴できる。
劇団6番シード三〇周年記念公演第一弾となる舞台『Call me Connect you~交渉人遠山弥生~』(二〇二三年四月六日~四月九日/六行会ホール)は、逆にキャラクターの意外性が光る。地方にある銀行で、強盗事件が発生した。男女の二人組による犯行で、逃走に失敗し、行員たちを人質にして立てこもってしまう。スマートフォンは奪っていたが、スマートウォッチを身に着けていた行員が警察に通報する。突入が困難な状況に行き詰まった警察は、伝説の交渉人と呼ばれた元生活安全課の巡査・遠山弥生を呼び出した。舞台は二階建てで、一階は警察署、二階は銀行と、物語は同時進行していく。役者は三十名といった大所帯のうえで主役となるのは、サブタイトルのとおり交渉人の遠山である。彼女はなんと、とっくに引退した、ごく普通のおばあちゃんなのだ。説得は電話のみでおこなわれるが、単に情に訴えるだけではない。会話から犯人の素性と動機を導き出し、一人の人質の救出に成功する。犯人の投降に向けて交渉は続くが、陰に隠された事実が判明し、事件は様変わりしていく。論理重視の展開、納得のいく推理、意外な真実と、本格ミステリ要素がふんだんに詰まっている。そうとは思わず、まさに衝撃の展開だった。新たな名探偵として、史上にぜひとも遠山の名を残してもらいたい。
『おとぎ裁判 第4審』(二〇二三年三月二五日~四月二日/CBGK シブゲキ!)は、おとぎの国にある「幻火の館」(通称キャッスル・トーチ)で、裁判官のアケチが様々な事件の判決をくだすシリーズもの。今回の依頼は双子の男性アイドルのもとに届いた脅迫状に関する内容だ。見せ場は歌や踊り、観客も評決に加われるアドリブ審議だけではない。むしろそれらはすべてミスリードだったのではないかと錯覚を受けるほど、世界観がひっくり返る。特に動機が秀逸だ。
一つのジャンルに精通すると、無意識に展開を場合分けして予測するようになり、衝撃を受ける度合いも低くなっていく。その裏をかいた三作品を紹介した。