土曜サロン

「地方の町から文化に風穴をあける」
土曜サロン・第一八八回
二○一二年九月二十九日

 古本ライターのナンダロウアヤシゲ氏によれば「日本三大公務員」という皆さんがいる。元名張市図書館嘱託の江戸川乱歩研究家・中相作氏、市立小樽文学館の玉川薫氏。そして徳島県北島町立図書館・創世ホール館長を務めていた小西昌幸氏のお三方である。皆さん、独自の見識と人脈でイベントや企画を実現されてきたカリスマ仕事師である。中氏に続いて、土曜サロンに小西氏をお迎えした。
 小西さんは学生時代にミニコミ『ハードスタッフ』(先鋭疾風社、地方小出版流通センター取扱)を創刊、個人としての出版活動を続けてきた方でもある(徳島謄写印刷研究会の事務局長も務めている)。故郷の北島町役場に就職され、当初は一般事務に従事されたが、1994年6月に開館した複合文化施設、北島町立図書館・創世ホールに異動が決まり企画・広報を担当されてきた。
 小西さんが初めて講演会を企画したのは1996年のこと。以前から尊敬してきた紀田順一郎氏に「書物と人生─辞典づくりに賭けた人々」という演題で、牧野富太郎、物集高見、諸橋轍次らの業績について話していただいたのである。このときの成功で小西さんは手応えを感じ、「徳島でしか開けない講演会、イベントを開こう」と決意されたという。
 「紀田先生には2006年にふたたび『幻想書林に分け入って─ミステリーとイマジネーションの60年』という演題でご
登壇いただきました。このときのお話がきっかけとなり『幻想と怪奇の時代』という一冊に結実され、2008年の推理作家協会賞を受賞されました。わたしたちにとっても、たいへん光栄なことであったと思います」と小西さん。
 ミステリー関係で忘れられないことは、1999年3月に中島河太郎氏の講演を企画されたことである。ところが中島氏の体調がすぐれず、急遽、中島氏の指名で山前譲さんに登壇していただくことになった。
 「突然のお願いにも関わらず、山前さんのお話は見事なもので、師匠の代理を立派に果たされ、中島先生のファンや読者にも配慮された行き届いたいいご講演でした」。このとき、出席されていた山前さんがテレくさそうな顔をされたのが印象的だった。中島氏はその年5月に亡くなられた。
 推理作家協会ゆかりの方では、2003年に竹内博氏、2007年と2011年に池田憲章氏、2008年に辻眞先氏、2012年に東雅夫氏と、創世ホールでの講演会を開催。2003年の徳島県読書新興大会では原田裕氏に講演を依頼した。
 また徳島は日本SFの父・海野十三の生地である。小西さんは海野十三の会副会長でもあり、海野十三忌の開催、資料集刊行など、海野十三顕彰にも尽力されてきた。こちらでも池田憲章、日下三蔵、芦辺拓、東雅夫、二上洋一各氏らの講演会を企画する。
 ほかにも松田哲夫、種村季弘、柴野拓美、長谷邦夫、杉浦康平、木部与巴仁、九條今日子、松居竜五、今野勉各氏ら、各界の専門家を招いて講演会を開催。またミステリファンにはおなじみの旭堂南湖氏の新作講談会も成功させている。
 いっぽう小西さんは音楽にも造詣が深く、中世・ルネサンス音楽(古楽)を探求する「北島クラシカル・エレガンス」、ロックミュージックの源流たるアイルランド・ケルト音楽の催し「北島トラディショナル・ナイト」といった演奏会も続けられ、大きな反響を呼んできた。
 さらには遠藤ミチロウ、あがた森魚、三上寛、JOJO広重、サエキけんぞう、坂田明、早川義夫各氏ら、先鋭的なミュージシャンのライブまで実現。元スターリン、パンクロッカーの遠藤ミチロウ氏とは長いおつきあいで、小西さんのご自宅に宿泊されるのだという。
 小西さんは、「地方にいるわたしなどが出来ることは本当に限られているのですが、お声がけさせていただいた皆さんのご好意とご尽力で、これまでの催しが続けてこられました。しかし、もっと潤沢な資金や人員があるはずの東京など大都市で面白いイベントや企画が少ないのを残念に思います」と述べられた。演題「地方の町から文化に風穴をあける」は小西さんの自負のあらわれでもあるのだろう。
 事実、この土曜サロンのあと、朝日新聞に「小西昌幸さんに聞く 輝く地方文化ホールとは」という小西さんの活躍が記事として掲載され、熊本や兵庫の市議会会派の視察団が、人口二万人の北島町まで創世ホールを見学に来られたという。
 小西さんは2012年4月に北島町の教育委員会に異動されたが、今後も北島町立図書館、創世ホールの企画、広報には引き続きタッチされるとのこと。なんだかうらやましい北島町の皆さん、どうぞご安心ください。小西さんの個人誌『ハードスタッフ』には「本誌はある種の混沌に満ちているが、常に読者の心をわしづかみにしたいという目標で誌面構成することを心がけている」との一文が巻頭に掲げられている。小西さんの活動はすべてこのことばに集約されているのだ。さらなるご活躍をお祈りします。
[出席者]石井春生、北原尚彦、日下三蔵、新保博久、辻眞先、戸川安宣、長谷川卓也、山前譲、和爾桃子、本多正一(文責)
[オブザーバー]池田憲章、大橋博之、荻一晶、小浜徹也、佐々木英樹、沢田安史、末永昭二、須川毅