海外ミステリ漬けの痛快、あるいは翻訳小説部門予選委員の楽屋話
日本推理作家協会賞の翻訳小説部門が二年間の試行期間を終え、今年度より正式にスタートした。私は試行期間二年目の昨年度から予選委員五名の一人として、候補作選定に関わっている。
先般五月の本選では、試行第二回の受賞作が英国の長篇『トゥルー・クライム・ストーリー』(ジョセフ・ノックス著・池田真紀子訳・新潮文庫)に決まり(本選委員の皆様、お疲れ様でした)、これでホッとひと息―と言いたいところだが、我々予選委員はそうはいかない。目下、今年度の選考準備のために、新刊をひたすら読書中である。
先日時間があったので数えてみたら、二〇二三年一月から十二月までに刊行された翻訳ミステリは二百冊近い(ただし純粋な新作だけではなく、旧作・古典の新訳も含む。また、同人誌出版・自費出版は除く)。
さすがに全部は読めないが、五人もいれば取りこぼしはないだろう。とはいえ最近の翻訳物はやたらと分厚かったり、しかも上・下巻だったりする。読書にもスタミナが必要だ。
幸い今回のメンバーは皆、翻訳ミステリを含む海外物が大好きである。作業は大変ながら(=痛)、でも止められない(=快感)。文字通り「痛快」な気持ちで準備中なのだ。
試行期間の選考時に気になった点もある。出版社が推薦した十五作は、それなりの傑作・秀作が選ばれてはいたけれど、枠が限られていることもあって、良作が洩れているきらいがあった。
なにが言いたいかというと―新たに決まった予選委員が初めて顔を合わせたのが、十二月四日。ここで出版社の推薦作を共有し、これでは少ないので、予選委員が推す作品(一~二作)を、十二月末までに加えることになった。こうして完成した候補二十一作のロングリストを公開したのが、一月二十日頃(ウェブサイト&二月協会報に掲載)。三月四日に予選会を行い、最終候補を五作に絞った。
つまり我々は、十二~三月までの三ヶ月間で、計二十一作を精査したのである。
予選会は激論だった。四時間を超える討議で五作が決まったけれど、それでも語り尽くせなかった。
終了後、我々は表参道のビストロに移動。五作の再点検に加えて、今回の選考の過程で何が足りなかったのか? どうすればもっと精緻に行えるのか?―等を語り合った。そして一番重要なのは、良作を漏れることなく拾い、時間をかけて候補作を吟味することだ、と改めて確認しあった。その後もメールで相互に連絡を取り合い、情報・意見交換を行っている。次回は委員の間で早めに優秀作を共有し、余裕を持って選考が進められると思う。
血と涙と汗の結晶である作品を、僭越ながら評価するとなれば、安易に「○」「×」を付けて終わらせることはできない。また、ミステリには他のジャンルとは違う特殊な作劇や話法があり、評価にあたっては歴史的な位置づけも大事だ。
私自身の心がけとしては―①まず、読者の視点で読む。
②次に純粋にテキストを読む(物語・展開・構造の解析)。
③さらに作者の意図を読む(狙い・テーマ・行間の深読み)。
④そして作品の魂を読む(作品に込められたパッション・著者のvoice・情熱・反骨・実験精神等を理解する)。
「そんなのは当たり前じゃないか」と言われそうだが、いざ実践するとなると簡単にはいかない。でも、格闘技さながらの覚悟と気概で小説と対峙するわけだから、大切な心得であろう。
予選委員一同、今年度も頑張る所存です。