日々是映画日和

日々是映画日和(167)――ミステリ映画時評

三橋曉

 まずは朗報から。ミステリ・ファンはもとより、映画好きにとって待望久しい『探偵 スルース』(1972年)が、いよいよ日本でもディスク化される。巨匠ジョーゼフ・L・マンキーウィッツ監督の遺作にして、ローレンス・オリビエとマイケル・ケインの二大名優が、老練のミステリ作家と、その妻の浮気相手を演じ、騙し合いの火花を散らすミステリ劇の名作である。原典はトニー賞に輝く舞台劇で、「衣装戸棚の女」を双子の弟と合作したピーター・アントニイことシェーファー兄弟のアンソニーの作。ケネス・ブラナーも『スルース』(2007年)として再映画化しているけど、これからご覧になるのだったら、まずはこちらをお奨めしたい。予定されている12月4日の発売日が待ち遠しい。

 ブラックフライデーといえば、超大手通販企業によるバーゲン・セールの呼称として有名だが、その主催者をターゲットにしたと思しき物流テロから始まるのが、塚原あゆ子監督の『ラストマイル』である。
 ブラックフライデーを目前に、アメリカに本社を置く世界規模のショッピング・サイト
〝DAILY FAST〟から発送されたダンボール箱が、配達直後に爆発した。中身は、目玉商品のモバイルフォンだった。しかし、商品の管理と発送を一手に行うロジスティクスセンターの作業過程に、爆発物を入り込ませることは不可能だった。警察も介入し、事態が深刻化していく中、業務を仕切るセンター長の舟渡エレナ(満島ひかり)は、部下の梨本(岡田将生)と事態の収拾にあたるが。
 某企業の現場をそっくりそのまま映し出しているのではと思えるほど克明な、通販事業の舞台裏に目を奪われる。そこで働く人員の正規と非正規の極端なアンバランスや、末端の運送業者に及ぶ理不尽な皺寄せなども生々しい。
 人気ドラマ(「アンナチュラル」と「MIU404」)と作品世界がシンクロするシェアード・ユニバース(と言うらしい)の趣向も話題だが、脚本の野木亜紀子の本領は、一見合理的だが、利潤優先で人間性希薄な、巨大企業の実態に迫ろうとする社会性の視点にこそ発揮されている。その真摯な姿勢は、沖縄の米兵性加害事件がテーマの『フェンス』を思い出させる。
 犯人の手口を視覚的に見せる面白さも映像ならはで、堂々たる社会派でありながら、ビジュアルの面白さを十分に活かしている点も買いである。(★★★★)*8月23日公開
 
 タミル語インド映画の『ジガルタンダ・ダブルX』は、いかにも続編のタイトルなのに、内容は前作とまったく関係がないというよくあるパターンの一つ。新米の監督が映画絡みでギャングらの抗争に巻き込まれるところのみが、同じカールティク・スッバラージ監督の『ジガルタンダ』(2014年)との共通点だ。
 警察官試験に合格しながら、濡れ衣で殺人犯とされたキルバイ(S・J・スーリヤー)は、悪辣なラトナ警視(ナヴィーン・チャンドラ)から罪を帳消しにするのと引き換えに、大物ギャングのシーザー(ラーガヴァー・ローレンス)を抹殺せよと命令される。キルバイはサタジット・レイの弟子を騙り、伝記映画を撮るという名目でギャングのボスに近づくが、やがて二人の間には奇妙な友情関係が築かれていく。
 舞台は、南インドの西ガーツ山脈の山中である。世界遺産にも登録されている多様な生態系を擁する豊かな自然を背景に、事件や陰謀を通して誇り高き山の民たちの姿が映し出されていく。
 ギャングがクリント・イーストウッドのファンという設定が、随所でウェスタン映画との遊び心溢れるシンクロに繋がっていく。タイトルが暗示する裏切りのテーマは終盤まで伏せられているが、そこで鮮明になる社会批判の精神は骨太だ。(★★★1/2)*9月13日公開

 デヴ・パテルという名前から、出演作の『スラムドッグ$ミリオネア』(2008年)が懐かしく思い出された。その十七年後、かつての少年は念願だったという監督の座につき、『モンキーマン』を撮った。そして主演のキッド役も、自らが演じている。
 アングラのファイトクラブで、夜な夜な屈辱的な噛ませ犬役を演じる猿顔のマスクを被った男。それが主人公のキッドだ。裏社会の底辺で、のたうつように生きていた彼に、母親を殺し、自分を陥れて搾取してきた連中にひと泡噴かせる機会が巡ってきた。鬱積してきた怒りをエネルギーに、キッドのリベンジが始まる。
 格闘系アクション映画としての鮮度の高さは、監督のインド系の血が生み出したものかもしれない。インド神話からの影響も顕著で、猿神を連想させる主人公のキャラクターは、ハヌマーンにまつわるものだろう。個人的には韓国ノワールからの影響も感じた。
 製作には『ジョン・ウィック』シリーズのスタッフが関わっており、アクション重視の姿勢は間違っていないと思うが、バランスの悪さを感じるのは、ドラマがやや平板だからだろうか。動を際立たせる静にもう少し工夫があってもいいだろう。(★★1/2)*8月23日公開

『密輸1970』でキム・ヘスとの魅力的なシスターフッドを演じたヨム・ジョンアが、今度はファン・ジョンミンと凸凹夫婦のカップルになりきる『クロス・ミッション』が面白い。工作員として秘密の過去があるカンムは、それを隠して警察の凶悪犯罪班のエースであるミソンと結婚した。しかし夫が現役時代の後輩(チョン・へジン)に手を貸そうとしたことから、妻は浮気と誤解。カンムとミソンに、命懸けの試練が訪れる。
 二人は、夫婦のチームワークを試される国家規模の陰謀に巻き込まれていくが、そこにミソンの先輩刑事役でチョン・マンシクが絡み、いい味を出している。謀略ものなのに夫婦のラブコメという二律背反の面白さに、頬は緩むばかりである。(★★★)*Netflixにて8月9日より配信

※★は四つが最高点