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推協のソフトボールで名を残したい

一本木透

 クリスティのストーリー・テリングの巧妙さと、川端康成の感覚的な文体をこよなく愛する「昭和のオヤジ」です。
 思想的には、坂口安吾や寺山修司に傾倒したせいか、物事を斜に構えてみる「逆説フェチ」です。
 たとえば、デビュー作『だから殺せなかった』のタイトルは「Why done it?(「なぜ殺したのか?」)をひねったものです。次作の『あなたに心はありますか?』も、AIに心は持てるのか、をテーマにしつつ、タイトル自体を読者(人間)への問いかけにしてみました。

 私事ですが、三十四年間、新聞社に勤務していました。
(入社から三分の二が新聞記者、残りは広報宣伝部門などです)
 在職中に「鮎川哲也賞優秀賞」を頂きました(本賞は今村昌弘さんの『屍人荘の殺人』)。でも、本が出版されても、会社の上司や同僚にも伏せていました。
 黙っていたのは、私が秘密主義者だったことに加え、デビュー作は会社(新聞社)内の実在の人物を微妙に名前を変えて登場させたり、内幕を暴いてしまったり、とちょっとやましさもあったからです(苦笑)。
 その後、定年まで五年を残して「選択定年」で退社。今は兄弟と一緒に両親(九十二歳と八十九歳)の介護をしながら原稿を打つことが多いです。

 推理作家協会に入れて頂こうと思った動機は、「ソフトボール大会」に出場したかったからです(数年前の鮎川賞贈呈式の宴席で、その話を法月綸太郎先生に打ち明けたら、笑って下さいました)
 ソフトボール大会に参加して、このHP内にある「戦評」(試合の記録)に、名前を残したいです。そのためには試合に出場して活躍しなければなりません。打席が回って来たら、名前にちなんだ「一本足打法」でホームランを打ちたいと思います(「予告殺人」ならぬ「予告本塁打」←ウソ。多分無理)。

 閑話休題。 
 昨今、社会全体に「非人間性」が兆(きざ)している気がします。「人間不信」の時代が到来した、と感じるのは私だけでしょうか? 「逆説フェチ」風にいうと、人間が、本来持っていた真当な〈人間性〉がだんだん失われていく気がするのです。人間が相互に不信感を持ち、見限り合う……。
 個々人が「良心の痛覚」を失い、こぞって組織、集団、全体におもねり「保身」に走る姿を目の当たりにするたび、これこそが「人間の祖型」なのか、と人類の未来に暗澹たる思いもよぎります。

 人間の社会は、いくら時代を重ねても、とても成熟などしていかないものだと気づかされます。むしろ文明の進歩やデバイスの発達が、かえって人間の本性をむき出しにさせ、退化させていく――。まさにパラドクス(逆説)。
 でも、個々人の意識が集合体として社会に投影されているのだとしたら……。上記のような「暗澹たる」未来を半ば確信してしまうのは、かくいう私自身の内面にこそ、そんな弱さや醜さが宿っているから、かもしれません。

 さて。推協に入会させて頂いたからには、ソフトボールだけでなく、本業となった作家の方でも、(打席数が少ない=寡作でも)芯をとらえて読者の胸を打つ、高打率の小説を書き続けたいと思います。
 エネルギッシュな若い作家さんのように、大ヒットやホームランは打てないかもしれません。でも「昭和のオヤジ」にしか醸し出せない持ち味で勝負できないか、むしろ「絶滅危惧種」の作家として重宝されないか――。
 逆説フェチならではの、あざとい期待を抱いています(笑)。