日々是映画日和

日々是映画日和(55)

三橋曉

 別の機会に詳しく書いたので、ここでは簡単に触れるにとどめるが、現在公開中の〈もうひとりのシェイクスピア〉は、この正月映画の中で一番のお奨めである。シェイクスピアの別人説をめぐっては喧しい議論が数世紀に渡って続けられているが、その諸説のひとつオクスフォード伯説を取り上げ、英国王室の継承問題を絡め、こうであったかもしれない物語として、ローランド・エメリッヒが作り上げたのが本作だ。SF映画でおなじみのCGを駆使したエリザベス朝ロンドンの町の再現も期待通りだが、シェイクスピア作品に比肩する悲劇が展開する物語も実に見ごたえあり。話題の〈レ・ミゼラブル〉も悪くはないけど、この正月はミステリ・ファンならまずはこちらをご覧になることをお奨めしておく。

 さて、よくボヤいているように、長い映画は苦手だけど、ミステリ映画だという触れ込みだし、おまけにこの邦題とあっては、観ないわけにはいかない。すなわち、〈ミステリーズ運命のリスボン〉。南米チリ出身の巨匠ラウル・ルイス作品で、この映画の公開後に監督は亡くなっているので、実質的な遺作となってしまった。十九世紀前半のポルトガルの首都リスボン。孤児のジョアンは、出生の秘密を抱えながら、修道院で寄宿生活を送っていた。あるとき、ディニス神父の計らいで実母に会いにいくが、伯爵夫人でありながら母親が不幸な境遇にあることを知る。伯爵が家を空けている間に、神父は彼女を連れ出し、ジョアンは母親との暮らしを手に入れる。しかし、それも続かず、またも数奇な運命が彼を待ち受けていた。
 上映時間は四時間二十六分。前編と後編で短い休憩を挟んでの上映だった。どうやら原作があるらしく、作者のカミロ・カステロ・ブランコはポルトガルのバルザックと呼ばれているらしい。なるほど、映画からもサーガとも呼ぶべき大きな物語の絵柄全体を俯瞰するスケールと、その細部をきっちりと描写する緻密さの両面性を備えた物語であることがわかる。複雑な人間模様を解きほぐしていくようなつくりで、人と人との思いがけない繋がりが次々と明らかになっていく展開は、シドニー・シェルダン調の大河ロマンスを思い浮かべてもらえば、当たらずとも遠からずといったところか。ミステリとしての興趣はやや希薄だが、意外性を織り込みながら四時間半を飽かさず見せるストーリーテラーぶりは見事だと感心させられる。(★★★)

 六代目のジェームズ・ボンドとして早くも三作目となる〈007スカイフォール〉の公開から間もないダニエル・クレイグだが、ジム・シェリダン監督の〈ドリームハウス〉では、長年勤めた出版社を退職し、郊外に求めたマイホームで妻のレイチェル・ワイズや子どもたちとの生活を楽しみながら、編集者から作家へと転身を図ろうとしている主人公の男を演じる。しかし、新たな生活のスタートは早々にケチがつき、主人公らは次々と不快な出来事に見舞われる。家族たちの間に不安が広がる中、主人公は買ったばかりの家が五年前に起きた母娘殺害事件の現場だったという衝撃の事実を知らされる。
 中盤に明らかにされる意外な事実は、割とミステリ映画ではポピュラーなもので、さほどの衝撃はない。しかし本作の見所はそこからで、現在に影を落とす過去の事件に決着をつける主人公の姿をきちんと描ききるところだ。丁寧に張られた伏線も効果的で、隣人との奇妙な距離感や町に漂う不穏な空気など、不可解に思えた事実のひとつひとつが浄化される展開は、狂人が正気を取り戻していく過程を見るようなカタルシスがある。脚本のデヴィッド・ルーカは、前に取り上げた〈ボディ・ハント〉の人。隣人役のナオミ・ワッツの好演も光っている。(★★★★)

 最後に、吉例の年間ベストの悪魔の一ダースを挙げさせていただく。一瞬、不作だったかもと不安が過ぎったりもしたが、それは収穫が前半に集中していたための勘違いで、改めて振り返ると2012年もミステリ映画は豊作だったと思う。作品を絞り込むために、邦画やキャラクター使用ものをあえて外し、さらに原作ものも除外しようと思ったけど、どうしても入れたい作品(5と11)があって叶わず。というわけで、指折り数えた十三作は次のとおり。

1 カエル少年失踪殺人事件(イ・ギュマン監督)
2 別離(アスガー・ファルハディ監督)
3 ドライヴ(ニコラス・ウィンディング・レフン監督)
4 ドリームハウス(ジム・シェリダン監督)
5 アルゴ(ベン・アフレック監督)
6 刑事ベラミー(クロード・シャブロル監督)
7 崖っぷちの男(アンガー・レス監督)
8 ブラック・ブレッド(アウグスティー・ビリャロンガ監督)
9 哀しき獣(ナ・ホンジン監督)
10 依頼人(ソン・ヨンソン監督)
11 ある秘密(クロード・ミレール監督)
12 捜査官X(ピーター・チャン監督)
13 エージェント・マロリー(スティーヴン・ソダーバーグ監督)

 というわけで、2013年もどうか引き続き本欄をご贔屓に願います。

※★は四つが満点(BOMBが最低点)です。