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呉勝浩

 『道徳の時間』で第六十一回江戸川乱歩賞を受賞しデビューいたしました呉勝浩と申します。
 私が初めて読んだ乱歩賞作品は『猿丸幻視行』(井沢元彦)だと記憶しています。おそらく中学の時、学校の図書館で借りて読んだはずです。
 次に手にした『テロリストのパラソル』(藤原伊織)は初めて自分の小遣いで買った単行本で、今でも帯付きのものが手元に残っています。奥付を見ると一九九五年十月三十日発行の五刷り。初版が同年九月十四日で、余談ですが、なんと私の誕生日でした。
 当時の私は乱歩賞も直木賞も区別のつかぬ子供で、後日、同作の帯に《直木賞受賞》の文字を見た時は「はて、どういうことだろう?」と首を捻ったのを覚えています。自分が小説家を、それも乱歩賞を目指すことになるとは夢にも思っていなかった頃のことです。
 自分の青春時代を振り返ってみますと、やはりいくつかターニングポイントとなる作品との出会いが思い浮かびます。特に幼年期、物語の悦びを植え付けられた作品たちについては忘れることができません。
 読書のスタートは『月光ゲーム』(有栖川有栖)でした。続けて『孤島パズル』を読み、アガサ・クリスティの『アクロイド殺し』で脳天を撃ち抜かれます。その銃弾は今現在も取り出せないまま、趣味も趣向も変遷をたどりましたが「推理小説が好きだ」という点だけは一向に変わる気配がありません。
 映像作品で言いますと『ジェットマン』という五人戦隊ものが真っ先に浮かびます。だいぶ記憶は薄れてしまいましたが、確かレッドとブラックがピンクを挟んで恋のさや当てを演じ、ピンクはレッドとくっつくが、最終話の結婚式で、暴漢に刺されたブラックがその幸福な門出を陰から見送りながら死んでいく……という、トレンディドラマもびっくりな展開だったはずです。エレベーターの中で、ブラックがピンクに無理やりキスをするシーンとか、誰かシナリオに文句を言わなかったんでしょうか。敵側の怪人たちにもどんでん返し的なドラマがあったり(幹部が魔王に下剋上する)、とんでもなく贅沢なつくりになっていました。いったい誰に向けて、何を伝えようとした企画だったのか、いまだによくわかりません(褒めてます)。おかげさまで後続の戦隊シリーズが物足りなく感じられ、これが事実上の卒業作品になってしまいました。強烈な『ジェットマン』体験のあとでは、勧善懲悪のさわやか悪者退治に飽き足らなくなってしまったのでしょう。
 私はジャンプ世代なので、少年漫画もよく読んでいました。当時の連載漫画という形式は、驚くほど破天荒な、ほとんど同じ作品としてはあり得ない展開に路線変更していく場合が多々見受けられ、「作品」として評価するにはマイナスをつけざるを得ないそれを、私は案外、楽しんだりしていました。
 そんな私が初めて小説を書こうとしたのは中学の頃です。挑戦したのは刑事を主人公にしたハードボイルド。当時、『新宿鮫』(大沢在昌)を愛読していた中学生の処女作は、わずか一ページ、一場面も書き切らぬまま、露と消えたのであります。
 誇れるほどの読書歴も、まともな教養ももたない子供でしたから、当然の結果だったでしょう。それでも創作への欲求と憧れが消えることはありませんでした。私にあったのは、ただただ、節操もなく物語に淫する、性癖に似た「何か」だったのです。
 それは何か。今思うときっと「とんでもないことが起こるんじゃないか」という期待感ではないかと思います。
 ミステリー作品にせよ『ジェットマン』にせよ、連載漫画にせよ、そこに予定調和でない、摩訶不思議な物語力学のようなものが働いて、突然変異を起こし、あり得ない整合性に辿り着くというような奇跡の瞬間を、幸か不幸か、私は幼い頃に何度か体験してしまったのだと思います。おそらく出会った作品の順番も大きく関係していると想像します。ようするに「やられて」しまったわけです。
 私を魅了した物語の突然変異とは、どのようにして起こるものなのか。
 これも想像ですが、たぶん生半可な計算によってもたらされた「変異」など、大して力を持っていないという気がします。それは意図的に求めるものではなく、愚直に面白さを追求した結果として生じてしまうものなのだろうと信じています。
 まずは自分の持てる力を振り絞り、面白い物語をつくることを目指さなくてはなりません。
 そしていつか、思いもよらないターニングポイントを目の前にした時は、迷わずそちらに舵を切ってみたいものです。たとえ、その先が崖だとわかっていても。
今後とも、よろしくご指導のほどお願いいたします。 ※敬称略