日々是映画日和

日々是映画日和(81)
――ミステリ映画時評

三橋曉

 現在公開中の『キャロル』は、犯罪小説の女王パトリシア・ハイスミスの恋愛小説を映画化したものだが、レズビアンだったという原作者の性的嗜好が色濃く投影されている。境遇の違うケイト・ブランシェットとルーニー・マーラの運命的な出会いとその後の道行きを描くトッド・ヘインズの雰囲気たっぷりの演出に酔わされるが、非ミステリ作品でありながら、随所でミステリ的ギミックが光っている。映画の公開と同時に、原作(河出文庫)がやっと陽の目を見たのも嬉しい限りだ。

〝華麗なる大逆転〟という副題はコンゲームもの等を連想させるが、『マネー・ショート』は世界経済の土台がいかに脆弱であるかを主題にした社会派のドラマである。二〇〇五年、天才肌の金融トレーダー、クリスチャン・ベールは、最上級格付けの金融商品が、深刻な破綻の危機に晒されていることに気づく。債務不履行(ルビ:デフォルト)に至った場合の多額の保険金を狙って、彼は投資銀行と金融取引(CDS)の契約を結ぶ。そんな動きを嗅ぎつけたウォール街の銀行家で目利きのライアン・ゴズリングは、投資ファンドを率いるマネージャーのスティーブ・カレルにも、CDSの購入を持ちかける。その頃、同じ事に気づいた若き投資家コンビも、現役を退いた伝説の銀行家ブラッド・ピットを頼って、大勝負に打って出ようとしていた。
 もうお判りだと思うが、本作は二〇〇八年に起こったリーマン・ショックの金融恐慌を描いている。低所得者向け住宅ローンの焦げつきが招いた深刻な事態はまだ記憶に生々しいが、マイケル・ルイスのノンフィクション「世紀の空売り 世界経済の破綻に賭けた男たち」(文春文庫)を原作に、監督のアダム・マッケイは時にユーモラスに、生き馬の目を抜く投資の世界の内幕を暴き、拝金主義がもたらした金融破綻の悲劇をシビアに描いてみせる。アカデミー賞五部門ノミネートもむべなるかな。結末を知りつつ、最後までハラハラさせられる展開は、良質の倒叙ミステリを思わせる。※3月4日公開(★★★★)

 二人組の主人公が活躍するバディもの(バディは相棒の意)は、今や映画の定石にまでなっているが、そこに新たなコンビが加わった。未解決事件おたくの推理マニアと、人食い鮫と綽名される刑事の二人が活躍する『探偵なふたり』である。普段から警察の捜査に何かと口を出し、刑事のソン・ドンイルに疎まれているクォン・サンウだが、知人の妻が惨殺され、こともあろう親友の刑事が容疑者として逮捕される。組織の中で孤立するソンは、やむなくクォンとの二人三脚で捜査にあたることが、やがて第二の事件が起きる。
 非公式の協力関係とはいえ、警察官が民間人を相棒にする設定はやや強引だが、シナリオ・コンテストの厳しい審査をくぐりぬけたというだけあって、凝ったプロットに唸らされる。ミステリの定石を踏まえつつ、そこに捻りを加え、大胆な構図を成立させるための伏線も丁寧だ。クォンの恐妻家ぶりや、二人の噛み合わない捜査は、ややベタだが、ユーモラスな味付けとして悪くない。(★★★)

 昨年の秋、旅先のソウルで観た『インサイダーズ 内部者たち』は、歴代の興行記録を塗り替えたというだけあって、映画館は満員の大入りだった。大統領選を控えた韓国で与党の候補者イ・ギョンヨンは、大新聞の主筆ペク・ユンシクと手を組み、大統領の座を狙っていた。彼らの裏献金を調べる地検の検事チョ・スンウは、あと一歩のところまで迫るが、ペクの義兄弟で政治ゴロのイ・ビョンホンに阻まれてしまう。しかし二年後、再びチャンスが訪れる。欲をかき、失脚したイ・ビョンホンが復讐を企んでいることを察知したチョは、それを利用しようと画策する。
 原作は、『黒く濁った村』と同じ作者(ユン・テホ)によるウェブに発表されたコミックだが、未完だったものを、監督・脚本のウ・ミンホはチョ・スンウ演じる検事の役を追加し、巧妙なミステリ劇に仕上げたと思しい。政治とマスコミの癒着という社会派のテーマもさることながら、見所はその巧妙な脚本で、今や韓国映画のお家芸となったスティング型の展開が終盤、観客の足もとをすくう。『悪いやつら』『ベテラン』『新しき世界』といった名だたるミステリ映画の秀作にかかわったスタッフの集結も、成功につながったようだ。※3月11日公開(★★★1/2)

 クエンティン・タランティーノの新作『ヘイトフル・エイト』はミステリ映画との触れ込みだ。一九世紀後半の冬のコロラド。指名手配の女を馬車で護送する賞金稼ぎのカート・ラッセルは、同業のサミュエル・L・ジャクソンと新任の保安官を名乗るウォルトン・ゴギンズを拾い、吹雪を避けるためミニーが営む小屋に立ち寄った。女主人の不在に首をかしげ、出迎えた三人の先客に胡散臭さを感じる賞金稼ぎの二人だったが、やがて夜も更けた頃、コーヒーを口にした男が、突如血を吐き絶命する。さらに疑心暗鬼に駆られるサミュエル・L・ジャクソンを、思いもかけない人物が狙っていた。
 日本語版予告編には〝密室殺人〟の四文字が踊るが、正しくは〝雪の山荘もの〟で、不可能興味はない。フーダニットの謎解き映画といえなくもないが、前作『ジャンゴ』と同傾向のタランティーノ的西部劇といった方が素直に納得がいく。常連の男優らがこぞって演じるヘイトフルな男たちに一歩も譲らない紅一点ジェニファー・ジェイソン・リーの放埒ぶりが素晴らしい。※2月27日公開(★★1/2)

 映画ではないが『シャーロック 忌まわしき花嫁』にも触れよう。ご存じ、カンバーバッチとフリーマンが現代のホームズとワトスンを演じる人気ドラマ〝SHERLOCK〟のいわば特別編で、英本国では今年の元日に放映されたものが、TVでのオンエアに先駆け劇場公開される。二十一世紀の現代というおなじみの舞台を、さらに捻ってヴィクトリア朝のロンドンに戻すというさかしまの趣向と、ドイルの聖典から「マスグレーヴ家の儀式」や「オレンジの種五つ」を巧みに織り込んでみせるスティーヴン・モファットとマーク・ゲイティスの脚本が天晴れだ。

※★は四つが満点。公開予定日の付記ない作品は、公開済みです。