入会のご挨拶
はじめまして、田村和大(かずひろ)と申します。まずは入会に際し推薦人をお引き受け頂いた西上心太先生、村上貴史先生、ご縁をお繋ぎ頂いた宝島社の皆様方に厚くお礼申し上げます。
つい先日までミステリ好きの一読者だった私が、まさかあの推理作家協会の末席を汚すことが許されようとは、未だに信じられぬ思いです。小学校低学年時、ご多分に洩れず少年探偵シリーズを読み耽り、江戸川乱歩の御名は幼少の思い出と分かちがたく脳裏に刻み込まれました。その大乱歩の探偵作家クラブを前身とする当協会は、『幻影城』『続幻影城』でのクラブへの言及と相俟って、時代を牽引する作家の方々が談論風発に過ごす梁山泊というイメージが強く、ですから入会承認通知書を頂いた時は本当に感激しました。
思い出といえば、小学三年生のころ、放課後に図書室の床に寝そべって本を読んでいると、宿直の教師が私の存在に気付かなかったようで、図書室を施錠されてしまったことがありました。九州の夏は陽が長く、午後六時を過ぎても電灯なしで本を読むことのできる明るさが室内に残り、それをいいことにのんびりと読書を楽しんでいたのです。いたずら防止のためか室内側に鍵のツマミは無く、部屋から出るに出られない状況になりました。
大声を出せば宿直教師が来るのでしょうが、それでは自分が怒られる。教師に見つからずに帰宅するには窓から抜け出すしかない。幸いなことに掃出窓が一つあり、容易に外に出られます。ただ外靴は校舎玄関の下駄箱にある。玄関は施錠されているだろうが、職員室横の通用口は開けてあるに違いない。私は窓から外に出ると、通用口をすり抜け校内に戻り、下駄箱で靴を履き替え、玄関を開けて帰路に着きました。
翌朝、教頭の全校放送が流れます。「昨夜不審者が校内に侵入したようだ。もういないことは確認済みだが、万が一見かけたらすぐに教師に知らせるように。もし諸君の中に下校時間を過ぎても校内に残っていて、教師に断らずに帰った者がいるならば正直に名乗り出て欲しい」こんな内容だったと思います。
担任が言うには、表玄関が解錠されていたことを不審に思った宿直教師が教頭と交番に連絡し、交番巡査を入れて三人、不審者がいないか夜の校舎を捜索したそうです。図書室の窓も解錠されていることが分かり、盗まれた本がないか図書係総出で点検していました。
防犯カメラがまだ珍しかった三十四年前の出来事です。教頭先生、お巡りさん、図書係のみんな、ごめんなさい。私はワシントンにはなれませんでした。すべては鬼面城が悪いのです。
小学校高学年から中学生にかけて親の蔵書を読み進めます。父の書棚にはなぜかローダン、デュマレストサーガ、ペルシダー、銀河辺境外伝といったSFシリーズがぎっしりと詰まっていました。
恐ろしいことに当時の私は、そのようなSF小説はごく一般的などこの家庭でも読まれているものと思っていました。道理で同級生との会話が噛み合わないはずです。北斗の拳と火星のジョン・カーター、似て非なるものでした。
かなり偏った読書生活でしたが幸い母の実家にポーやカー、アガサ・クリスティ、エラリー・クィーンといった蔵書群があり、ほんの僅かですが本格にも触れることができました。
年長ずると内外のハードボイルド小説に熱中し、やがて警察小説へと興味が広がります。苛烈な状況下での主人公の変化あるいは無変化を描くハードボイルド小説と、組織対個を重要な要素とする警察小説は重なるところも多く、生来的嗜好に合ったのか高校生以来、ライナスのようにこのジャンルの本が手放せません。
今回『このミステリーがすごい!』大賞の優秀賞を頂くことで当会入会へと繋がったのですが、受賞作は警察小説でした。上記のような読書遍歴からすると警察小説という分野での受賞は自然な流れだったようにも思われます。
さて、憧れの協会に入会できたからには定款第四条一項七号(「推理作家の親睦」)の趣旨に則り、同好会に参加させて頂きたいと考えています。ただ、将棋は棋譜が読めず囲碁は碁石に触れたことすらなく、麻雀は点数計算ができずソフトボールは四十肩で遠投できず、ゴルフは一一〇をベストスコアに三年はクラブを握っておらず、土曜サロンは地理的なハンデのため頻回には参加できそうにありません。
こんな体たらくではどこに参加させて頂いてもご迷惑をお掛けすると逡巡していますが、いずれ恥を忍んで参加させて頂きますので、その際には温かな目で、いや冷ややかな目でも構いませんのでお見守り頂きますようお願いいたします。
最後になりましたが、作家としてまだまだ心許ない弱輩の身、どうぞご指導ご鞭撻のほどをよろしくお願い申し上げます。