新入会員紹介

入会の御挨拶

遠田潤子

 このたび、入会のお許しをいただき、ありがとうございました。ご推薦くださった、大沢在昌様、山前譲様、本当にありがとうございました。
 私がデビューしたのは「日本ファンタジーノベル大賞」でした。その後、中途半端なミステリ、サスペンスのようなものを書き続け、現在にいたります。「私の作品のジャンルはなんになるんですか?」と編集の方に訊ねても、人によって返事がまちまちです。「広義のミステリ」「純文寄り」「ごく普通のエンタメ」などわけがわかりません。とりあえず「ミステリ風味のなにか」ということで自分を納得させています。
 推理作家協会はもちろん存じておりましたが、自分のような中途半端な作品でいいのだろうか? と気後れしておりました。今度、意を決してお願いしたところ、快く迎え入れていただけました。なのに、有名作家だらけの会報や名簿を拝見しますと、今になって落ち着きません。自分がこの中に加わるのかと思うと、本当に不思議な気がします。ですが、これもご縁かと思い、精進したいと思います。どうぞよろしくお願いします。
 縁と言えば、私は「神島まんじゅう」のことを思います。「神島まんじゅう」をご存知の方、いらっしゃいますか? 瀬戸内海、しまなみ海道の大三島、大山祇神社のすぐそばの「村上井盛堂」で売っています。もみじ饅頭や人形焼きのような菓子で、カステラ生地の中に白餡が入っています。見た目はごくごく普通のお饅頭ですが、メチャクチャ美味しいのです。
 広島に行く機会があり、大山祇神社にも足を伸ばしました。数々の国宝を堪能したあと、道の駅に寄りました。ぶらぶらと土産物を見た後で休憩スペースに向かうと、家族から「美味しかったよ」と試食品を勧められました。見ると、小さく切った饅頭が置いてあります。普段は試食品には手を出さないのですが、なぜかそのときはためらいもなく口に運びました。
 食べ終わると、私は黙って売り場に引き返し、その饅頭を買いました。
 衝撃でした。みかん蜂蜜を使ったカステラ生地は、しっとりと柔らかく非常に口当たりがいい。白餡はとにかく「上品」としか言えない甘さ。口に入れたときの、外側の生地と中の餡のバランスが絶妙。一口食べただけで、これは絶対に買わなければ、と決意させるほどの味でした。
 先ほども書いたように、私は自分から試食品に手を出すことはありません。近所のスーパーで試食品に群がる、少々行儀の悪い子供たちを見過ぎたせいかもしれません。なのに、そのときは迷うことなく手を伸ばしました。今、思えば不思議です。でも、そのおかげで「神島まんじゅう」に会えた。大げさですが、この出来事は一種の感動でした。
 ただ、残念なことに、私の感動は家族にはあまり理解してもらえませんでした。「たしかに美味しいが、衝撃を受けるほどの味か?」と言うのです。たしかに、カステラ生地と白餡、ただそれだけの饅頭です。日本全国、似たようなものは腐るほどあります。でも、シンプルな材料で、ここまで素晴らしいものを仕上げるなんて並大抵ではありません。
 老舗和菓子店の生菓子、一流パティシエの作るケーキ。素晴らしいです。でも、瀬戸内海の島で作られた素朴な饅頭ほど、私に衝撃を与えた物はありません。他人にはわかってもらえませんが、私にとっては運命の饅頭だったわけです。
 長々と思い込みを語って、恐縮です。ですが、運命とか偶然とか縁とか、そういったものを考えるとき、私はいつも「神島まんじゅう」を思い出します。あのとき、試食品に手を伸ばさなければ「神島まんじゅう」には出会えなかった。感動も衝撃もなかった、と。
 このたび、推理作家協会にご縁ができましたのも、一種の不思議です。十年前は作家にもなれていませんでしたし、一年前は推理作家協会は場違いだと思っていました。それが、いつの間にか入会の御挨拶を書いています。人生、なにがどうなるかわかりません。
 そもそも、組織というものに属するのは二十数年ぶりです。正直申しまして、長年、一人で好き勝手にやってきましたので、属するということに少々緊張しております。人間としてもミステリ作家としても、至らぬ点、多々あると思いますが、御指導、ご鞭撻のほどをどうぞよろしくお願い申し上げます。