日々是映画日和(101)――ミステリ映画時評
日本海を挟んだ半島からの烈風は、依然としてその勢いに衰えが見えない。いや、ミステリ映画のことである。今月は四作すべてを彼の国からとも思ったが、他に注目作もあり、そうもいかない。というわけで、3月公開の『ザ・キング』と『時間回廊の殺人』を次回の候補へと先送りし、『殺人の告白』のチョン・ビョンギル監督の新作は涙を呑んで外した。その『悪女』はミステリ色こそ薄いが、目を瞠るアクション・シーンで映画史にその名を刻むこと間違いなしの快作。機会あればご覧になることをお奨めしておく。(二月十日公開予定)
さて、そんな韓国勢代表として今月とり上げるのは、『あいつの声』の名優ソル・ギョングが、アルツハイマーを患い、記憶を失っていく連続殺人犯を演じる『殺人者の記憶法』だ。監督のウォン・シニョンは、『セブンデイズ』を撮った人といえば、ミステリ映画ファンの期待は煽られるだろう。一人娘のキム・ソリョンと水入らずに暮らす老獣医には、暗い過去があった。少年時代に家族を虐待する父を手にかけ、それが引き金と
なり殺人衝動の赴くまま社会のクズ達を葬ってきたのだ。そんなかつての記憶も今や薄れようとしていたが、ある時雪道で事故を起こし、追突した車のトランクから滴る血を目撃する。身元を明かそうとしない男に自分と同じ性癖を見た主人公は即座に通報するが、警察は取り合おうとしなかった。
偶然の出会いが一種の化学反応を引き起こし、それが波紋となって新旧二人のシリアルキラーの心に広がっていく様を物語はつぶさに追っていく。主人公は、若き連続殺人犯キム・ナムギルの次の獲物がわが娘だと知るや焦燥をつのらせるが、悪化の一途をたどる記憶の病がそれを空回りさせていく。このようにやや歪んだ形で二人の心理戦が火花を散らす一方、主人公の曖昧な記憶力そのままに混沌とする展開にも、観客を欺く罠が仕掛けられている。屋上に屋を架す結末も含めて、不気味で黒いユーモアに彩られた怪作(褒めてます)である。(★★★1/2)
隣国に押されっぱなしの印象があるミステリ映画で、昨年は鮮やかな本歌取りを披露した『22年目の告白 私が殺人犯です』(入江悠監督)が一矢を報いたが、中江和仁監督の『嘘を愛する女』もそれにつづく作品と言えるかもしれない。キャリアウーマンの長澤まさみが、研修医を名乗る高橋一生と出会ったのは、震災の日の人混みだった。貧血で倒れた彼女に優しく手を差し伸べたことが縁で、ほどなく二人は一緒に暮らし始める。しかし五年目のある晩、外出中にくも膜下出血で病院に搬送されたことで、彼の所持する身分証明書が偽物だったことが明らかになる。信頼は一瞬にして暗転し、彼女は疑惑にとらわれる。彼は一体何者なのか?
監督は、本作が商業映画デビューとなるが、シナリオは自身のオリジナルで、十年をかけ百回以上リライトしたという。途方に暮れるヒロインが興信所を訪ね、少しいかがわしい吉田鋼太郎との凸凹コンビで、過去を辿る探偵の旅に出る中盤からの展開がいい。手がかりとなる、彼がしたためていた小説の草稿というガジェットはややわざとらしいが、その意味するところが反転する瞬間は感動的だ。ご都合主義と受け取られかねない灯台のエピソードなど、拙速で説明不足の部分にも工夫があればさらに良かった。(★★★1/2)
『ベイビー・ドライバー』にも出ていたジェイミー・フォックス主演の『スリープレス・ナイト』は、分類するなら悪徳警官ものだ。ラスベガス市警の警官である主人公は、相棒と共に彼らに鼻薬を嗅がせるカジノ王から麻薬をかすめ取るが、それは大物マフィアへの貢ぎ品だった。怒ったカジノ王に息子を誘拐された彼は、敵地に潜入し息子の奪還を図るが、内務省から派遣されたミシェル・モナハンとデヴィッド・ハーバーのコンビが、彼らの行動に不審の目を向けていた。
同題のフランス映画のリメイクだが、監督のバラン・ボー・オダーはドイツで『ピエロがお前を嘲笑う』を撮った勢いで、ハリウッドに初見参。ケレン味ある演出という持ち味を本作でも遺憾なく発揮している。後先の考えなしに敵の懐へと乗り込んだ主人公のジェイミー・フォックスが、アドリブとしか思えないあの手この手で、息子を取り戻そうとするくだりは抜群のノリの良さ。さすがは元スタンダップ・コメディアンだと感心させられる。(★★★)
リズ・ジェンセンの原作をアレクサンドル・アジャが映画化した『ルイの9番目の人生』は、主人公の九歳の少年エイダン・ロングワースのユーモラスな回想から始まる。母のサラ・ガドン、義父のアーロン・ポールに見守られ、成長してきたが、骨折、感電、食中毒と、これまで八度も命に関わる事故に見舞われてきた。そして九度目、誕生日に家族三人で出かけたピクニックのさ中、崖から海へと落下してしまう。昏睡状態のまま小児神経科医ジェイミー・ドーナンの許に送られるが、周辺では奇怪な出来事が頻発する。
ファンタジーの世界にも軸足があるので、突飛な部分はあるが、これでもかと張り巡らせた伏線は見事に回収されていく。まさにミステリ映画のお手本で、軽快なテンポも心地よい。クローネンバーグのミューズことサラ・ガドンの美しさに息を呑むが、それとても物語の一部であることに唖然とさせられる。(★★★★)
※★は最高が四つ、公開日記載なき作品は、すでに公開済みです。