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欧米ロマンス的こころ

川辺純可

 ロマンス小説と恋愛小説は、全くの別物である。マンゴーとマンゴスチンくらい違う。
 恋愛小説が等身大で、「あるある感」満載であるのに対し、ロマンスは「絶対あり得ない」ほど、ロマンス的といえる。
 相手の男も大富豪、CEO、王族など、滅多に拝めない人種でなければいけない。隣の席で欠伸をしたり、コンビニで立ち読みしているようなごくフツーの男では、とてもじゃないがロマンス読みのテンションは上がらない。誤解、ジレンマ、すれ違い、性格の悪いライバル等、耐えられる範囲での障害を乗り越え、これぞ鉄則、何が何でもハッピーエンドなのである。

 初期のヒロインは、ほとんどが処女であった。シングルマザーに見えて実は、両親亡き後異母弟を育てる健気な娘。父親の愛人っぽいが、実は恩人の忘れ形見の令嬢など。最近はバツイチや未亡人も登場するが、やはり精神的には乙女、彼こそが最初で最後の男なのである。
 ヒロインは頭が良く有能。自立心が強くて欲がない。当然、露骨な玉の輿狙いなど御法度である。そういう真っ直ぐなヒロインに対して、男はなぜかあばずれと思いこみ、冷たく接する。ゆえに、第一印象は最悪である。少なくとも表向きは反発しあう。
「あなたって、最低な人ね」
 ホントの最低男にはとても言えない言葉を、ヒロインは男を見上げて(顔がすぐ横にあってはいけない)まっすぐに言い放つ。 「おまえこそ、いつも男を誘惑することばかり考えているくせに」男も、オタクや中間管理職が言うと、セクハラで訴えられかねないような暴言を平気で吐く。
 暴言は、整った容姿、剛毅な性格、有り余る経済力。これら、三種の神器を備えた男の特権である。そして男には、ちょっとしたトラウマ、コンプレックスあり、それがまた母性本能をくすぐる要素となる。傲慢で女性を蔑視、母の愛を知らない、煙草がやめられない、ソフトS男、顔の傷などなど。ただし間違ってもそれが、浮気性、マザコン、酒乱、M男、肥満、などであってはいけない。
 そして何よりヒロインに一途であること。美しい年上の未亡人、過去の初恋の相手、許嫁の金持ち令嬢などの存在は、ヒロインにいつも不安をもたらす。しかしすべて、ヒロインの思い過ごしであることを、我々読者は知っている。男は最初からずっと、ヒロインしか見ていない、のである。

「絶対ありえないでしょ」
と重々、読者も了解済みなのが、ロマンス小説である。
 その点は、本格推理と共通するところだ。だいたい殺人というものは、単純であればあるほどばれるリスクが低くなる。苦労して密室を作ったりマザーグースになぞらえて殺すより、海や山に誘い、思い切り突き落として逃げる方がずっと見つかりにくい。
 ロマンスもしかり。現実社会でイケメンが意味なく近づいてきたら、まずは結婚詐欺か、身元不明死体になって発見される危険性を思い浮かべねばならないだろう。
 しかし今の世の中、右も左もろくなニュースなどないではないか。夕食は一昨日の残りのカレー。そして自分の横には、やはりその辺にいるような普通の男。せめて本の中だけは異国の愛の言葉にときめいたり、男爵家に伝わるサファイアを手に、ロココ調のソファでメランコリックな昼下がりを過ごしたいのだ。ヒロインとともに、愛を求めて漂いながら、「ひょっとしたら……」程度には、現実にぶら下がっていてほしいのである。

 はじめまして。このたび日本推理作家協会入会をご承認頂きました、川辺純可と申します。
 私にとって、車の両車輪である「ミステリ小説」と「ロマンス小説」。
 あえて今回「ロマンス小説」について、語らせていただきました。

 末筆になりましたが、ご推薦賜りました鈴木輝一郎様、真保裕一様、お力添えをいただきました蓮見恭子様に、この場を借りて厚く御礼申し上げます。
 実力以上の幸運を賜りましたうえは、ご恩をかえすべく、ひたすら精進し、努力を重ねてまいる所存でございます。
 みなさま、どうぞよしなにお願い申し上げます。