「打って弾けるミステリ作家」を目指して
このたび入会させていただくことになりました嶋中潤と申します。
思い返せば五年前、第十七回日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞し、念願だった出版にこぎつけたわけですが、その後はエポック・メイキングな作品を著したわけでもなく、さらには筆一本という選択をしたわけでもないため、入会を真剣に考えたことはありませんでした。加えて申し上げれば会員の方々のお名前を拝見するにあたり、敷居が高く感じられたことも事実でした。
小説を書くことで生計を立てたい。そう願わなかったといえば嘘になりますが、サラリーマン稼業が嫌いだったわけでもなく、二足の草鞋を履いたまま今日にまで至ってしまいました。
この原稿は正月三が日に書いていますが仕事のため、休み明けの七日から出社します。「仕事とは何なのだ?」と問われれば、「宇宙関連団体において、血税で開発した国際宇宙ステーションの利用業務に日々取り組んでいる」と答えることになります。おそらくほとんどの方は興味を持たない、しかも日本からこの仕事が無くなったとしても困る人などほとんどいない、趣味的&閉鎖的かつニッチな業界に身を置いているわけです。
子どもの頃から特別に宇宙が好きだったわけでもありません。大学・大学院と理系に進んだものの、宇宙とはまったく縁のない分野で学び、就職時には研究職を選ばず、それまで積み上げてきたものすべてを捨て去る道に進みました。ところが三十歳を過ぎ、ひょんなことから宇宙業界へ足を踏み入れ、気がつけば二十年以上もの間、身を置くことになってしまいました。とはいえ後悔はなく、振り返ってみれば、過大な期待を抱かなかったこと、日本が有人宇宙開発に本格的に乗り出した時期と重なったことが幸いし、非常にエキサイティングな経験を積むことができたと考えています。
135回を数えた米国のスペースシャトル・ミッション、ロシアのソユーズやプログレス・ロケット、さらには日本のH2ロケット。それらの打ち上げはどれもが美しく感動的で懐かしく思い出されます。こうした貴重で楽しい時間に身を置いていたこともあり、生涯忘れえぬ大失敗もしましたが、腰痛に悩まされながらもしぶとくバイコヌール(カザフスタン共和国)、さらにココビーチ(フロリダ州)やヒューストンへの出張を繰り返しているところです。
前振りが長くなってしまいましたが、こんな時間を送ってきた者がこのたび入会へと新たな一歩を踏み出したのは主として二つの理由によります。一つ目は現在の仕事を若手に託そうと決断したこと、二つ目は昨年末に上梓した四冊目の『死刑狂騒曲』を書き上げるにあたり、これまでになく長い時間を費やしてしまったことでした。何をするにも残り時間を考える年齢になったため、今後も書き続けるのであれば書くことに最大限の時間をささげたい、と「改心」した次第です。
と、気まじめに「挨拶文」を書いてまいりましたが、残りの時間を考えると、やはり仕事以外のことにも目がいってしまうのが人情と考えますので、以下はその点にふれたいと思います。
今回、事務局の方よりいくつかご連絡をいただきましたが、その中に「同好会のお知らせ」なる案内がありました。惹かれたのは「麻雀」。年に一度、親睦の大会が一月下旬に開催されるとのことで、さっそく入会希望を提出させていただきました。昨今、認知症回避を目的に、学生時代の友人と定期的に卓を囲むようになりました。もちろん手積みです。死ぬまでに『天和』か『九蓮宝燈』をと願ってもいるので、仮に大沢先生から『おまえ、バカか?!』との怒号(平成三十年三月一日発行:協会会報No.817号参照)をいただくことになろうとも、お手合わせいただければと願っているところです。
また認知症対策として以前習っていたピアノも再開しました。どこまでが真実かはわかりませんが、「指先は第二の脳と呼ばれ、使うほどに脳に刺激が伝わり活性化する」と聞いたためです。ピアノのよいところは小説や麻雀と違い、練習時間に比例して成果が確実に見えるところです。千分の一歩という亀のような歩みではあるものの、ショパンの『別れの曲』と『幻想即興曲』を死ぬまでに習得する、との目標が何とか視野に入ってきました。
ミステリー小説はもちろん、どの分野においても新機軸となる作品を著すことは容易ではありません。そこで今後は「打って弾けるミステリー作家」を目指すことにしました。以後、その地位を確立すべく精進していく所存ですので、ご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願いいたします。