日々是映画日和(112)ミステリ映画時評
没後五十年が目前のクリスティーだが、TVの翻案ドラマが盛んだ。昨年の『大女優殺人事件~鏡は横にひび割れて』『パディントン発4時50分~寝台特急殺人事件』『黒井戸殺し』に続き、今月は『そして誰もいなくなった』のオンエアが控えている。柳の下のどじょうは、何匹いるのだろう?
とはいえ、いくら食傷気味でも、『サラの鍵』や『ダーク・プレイス』のジル・パケ=プレネール作品と聞けば、話は別だ。しかも「無実はさいなむ」と並ぶ女王自選のベストの映画化『アガサ・クリスティー ねじれた家』とくれば注目せざるをえないだろう。
ギリシャからやってきて一代で財をなした産業界の大立者が、田園の大邸宅で毒殺される。醜聞を恐れる孫娘ステファニー・マティーニは、かつての恋人で探偵のマックス・アイアンズに調査を依頼する。しかし一族は故人の義姉をはじめ風変わりな人物ばかり。聞き込みは成果があがらず、犯人捜しも遅々として進まない。やがて何かを知ってると思しき末孫が、不可解な墜落事故で病院へと運ばれる事態に。
原作が描くのは、マザーグースをモチーフに横溝正史もびっくりの奇人揃いの一族をめぐる連続殺人だが、ポアロもマープルも登場しない。故人の義姉を演ずるグレン・クローズを筆頭に、レオニデス家の総勢十一人を芸達者な役者たちが演じ、精緻な舞台劇を思わせる。原典の古色蒼然たる佇まいを重んじ、クラシカルな演出を貫いたことが成功の一因だろう。唯一現代的ともいえる、かつて恋仲だった依頼人と探偵役の微妙な関係が、物語を引き締める効果的なアクセントになっている。*四月一九日公開(★★★1/2)
ヨナス・アカーランド監督の『ポーラー 狙われた暗殺者』では、マッツ・ミケルセンが引退目前の殺し屋を演じる。雇い主との契約で、五十歳の定年を迎える彼の最後の仕事は、ベラルーシでの暗殺だった。しかし田舎町で余生を送るという彼の人生設計は、夢に終わる。ベラルーシ行きは彼に年金を払わずに済まそうとする雇い主の罠だったのだ。油断から隠れ家を突き止められた主人公だが、仲間たちの襲撃を辛くもかわす。しかし、好意を抱く隣人のヴァネッサ・ハシェンズを誘拐され、人質にされてしまう。
原作はグラフィックノベルで、良くも悪くもコミック調を出ていない。そんな安直さは否めないものの、それを逆手にとったようなポップでカラフルな画面づくりは悪くない。ボス役のマット・ルーカスの大げさな演技は余計としても、個性派揃いの殺し屋たちがいい。フラッシュバックで描かれる主人公の過去が伏線となる終盤が、定石通りながら、きちんと物語を締めくくる。Netflixの配信作品。(★★1/2)
原作は河本ほむらのコミックだが、昨年実写版としてテレビドラマとなり、この春にはそのシーズン2が予定されている『賭ケグルイ』が、オリジナル・ストーリーで映画化された。監督は、本編ドラマの総監督英勉がスライドし、キャストも引き継がれている。設定を紹介すると、ギャンブルの強弱がそのままスクールカーストに繋がる私立百花王学園。賭場を取り仕切る生徒会が学園を牛耳り、生徒から上納金を徴収している。ギャンブルに敗れ、上納金を払えない男はポチ、女はミケとして家畜の扱いを受ける。
お話は、転校以来賭け狂いぶりを発揮してきた浜辺美波だが、同級の高杉真宙と組み〝生徒代表指名選挙〟というギャンブル大会に出場することになった。勝者には三億円と生徒会からの自由が保障されることから、学内に台頭する反ギャンブル集団ヴィレッジの幹部こと福原遥も参加、ゲームが始まる。順調に勝ち上がる彼らは、やがて決勝に駒を進めるが。
福本伸行のカイジ・シリーズを連想させるが、物語にミステリ要素があるところに特徴がある。きわどい伏線が浮上し、物語が反転する様が鮮やかだが、それにも増して人気者の森川葵や高杉真宙ら若い出演者の多士済々がコミック原作の過剰さそのままに、高校生を演じる溌剌とした姿が愉快だ。とりわけ浜辺美波の弾けたヒロインぶりは眼福で、剣崎比留子役と予告される『屍人荘の殺人』が益々楽しみになってきた。*五月三日公開(★★★1/2)
ママカーストやボスママという言葉まで生んだ〝ママ友〟だが、ママ友ミステリというのも誕生している。ダーシー・ベルの「ささやかな頼み」(ハヤカワミステリ文庫刊)がそれだが、『シンプル・フェイバー』として映画化された。監督はコメディに定評があるポール・フェイグで、主人公のシングルマザーをアナ・ケンドリック、息子同士がクラスメートのママ友をブレイク・ライブリーが演じる。
かたや庶民派のブロガー、一方は作家の妻で自分もファッション業界に身を置くビジネス・ウーマン。他の父兄たちとなぜか馴染めない二人は、ママ友として親密さを増していく。そんなある時、子どもを預けたまま、一方の母親が姿を消してしまう。勤務先を訪ねても、彼女の夫に問いただしても、行方は杳として知れない。しかしとある目撃情報が糸口となり、想像を絶する事実が明らかになっていく。
事前の予備知識が少ないほど楽しめる筈なので触れずにおくが、さる大ヒット作を彷彿とさせる箇所もある。ミステリ映画への出演も多いアナ・ケンドリクを向こうにまわし、背負うものの多い人生を謎めいた雰囲気で演じるブレイク・ライブリーの存在感に圧倒される。お洒落なフレンチ・ポップスをバックに好対照の二人が不穏な空気をつのらせる前半。そして物語の様相が大胆に切り替わる中盤からの怒涛の展開に息を呑む。(★★★★)
※★は最高が四つ、公開日記載なき作品は、すでに公開済みです。