松坂健のミステリアス・イベント体験記

健さんのミステリアス・イベント体験記 第89回
昨日ポワロで今日明智。明日ホームズ、金田一。ミステリ劇花盛り『オリエント急行殺人事件』8月9日~18日 サンシャイン劇場 『京都都大路謎の花くらべ」8月3日~17日 新橋演舞場 『怪人と探偵』9月14日~29日 横浜芸術劇場

ミステリコンシェルジュ 松坂健

 この夏から秋にかけては、ミステリのお芝居が続々上演されて、小説も舞台も大好きなファンには嬉しい限りではあったが、とにかく入場料が高くて、そっちのほうはなかなか大変。大劇場で有名な俳優やジャニーズ系アイドルを使うし、舞台装置も豪華なので仕方ないとはいえ、八千円、一万円がザラというのはどうしたものかな、と思う。
 とはいえ、小劇団のゲリラ的な公演よりも、いい環境でミステリ劇を楽しめるのだから、とりあえずは満足しなければいけないか。
 今夏の話題作の第一は、アガサ・クリスティ原作の『オリエント急行殺人事件』だった。これは7月26日の大阪・森ノ宮ピロティホールを皮切りに名古屋公演を経て8月9日~18日まで池袋・サンシャイン劇場で行われたもの。
 クリスティには自作の戯曲がたくさんあり、最近は随時、上演される機会も多いが、この『オリエント』はケン・ルドウイックという人が脚色したものだ。クリスティ原作を女史以外の人が脚本にするのは珍しい例だが、書かれたのは2017年。ケネス・ブラナー主演・監督の『オリエント急行』の映画版リメイクと符節を合わせた形でブロードウェイに登場したものだ。
 登場人物が多く、しかも複雑な会話が行きかうこのドラマをどう舞台に乗せるか、なかなかのチャレンジだったと思う。
 舞台版は乗り合わせた客を10人に絞り込んでいる。ポワロとその助手格の鉄道会社重役を除けば容疑者8人のシフトで物語を構成している。
 いけてるのは舞台美術で、どう食堂車とコンパートメントの往復を表現するのかと思っていたのだが、幕があくと一面に食堂車が展開され、そこに中二階的なものを設け、コンパートメント8室を配置するという二階建てでの処理。尋問などの場面は食堂車で展開し、殺人事件が起きるその前後は、二階部分のコンパートメントに人が出入りするという仕組みになっている。これはなかなかのアイデアで、舞台転換なしに物語が進むので、観客の集中力が途切れない。
 さて、肝心のエルキュール・ポワロを演じたのは、小西遼生さんという新鋭。主に舞台の仕事を中心に活動されている様子だが、若く、長身ですっきり。これまでのポワロはアルバート・フィニーもピーター・ユスチノフ、前日のケネス・ブラナーもテレビ版、デヴィッド・スーシェもみな、割に小太りで濃いめの感じの仕上がりだが、小西版ポワロはまこと爽やかで、こういうポワロもありだなあ、と納得。それにしても、名探偵、セリフの量が半端じゃない。大健闘だろう。
 出来栄えはというと、やはり最後にポワロが善と悪の論争に持って行ったあたりで評価が分かれるところだろう。ネットでは重たすぎるという声が上がっているそうだ。ブラナー版にもそういう趣があるが、僕自身は、クリスティというのは決してコージーな人間観の作家ではないと思っているので、こういう結末は十分にあり、としたい。若干ネタバレ的になるので、これから先、数行は筋を知らない人はスキップしてほしいが、『オリエント』は名作『そして誰もいなくなった』と筋が裏がえしになっているだけ、と以前から僕は思っている。ほとんど、同時に構想を得たのではないかとも推測している。
 クリスティは「罪と罰」には厳しい人なのだと思う。その遠因は最初のアーチボルド・クリスティ少佐との結婚が失敗に終わったことだと推定しているのだが、その議論はいつかまた別の機会に。
 大作だから意外な拾い物、という表現は適当でないかもしれないが、8月の新派、新橋演舞場公演の『山村美紗サスペンス・京都都大路謎の花くらべ』は、他愛もない謎解きながら、京都・祇園という華やかな背景を得て、なかなか楽しめた。
 山村美紗原作の舞台は大阪の南座ではこれまでにも数作かかっているとのことで、今回の『謎の花くらべ』も実は平成18年の山村さん没後十年の追悼公演のリメイクとのこと。ただし、東京での上演は初めてだ。
 祇園のクラブ「牡丹」の売れっ子ホステスが何者かに殺された。しかも密室状態で。濃厚な容疑者は二人。被害者に言い寄っていた日本画家と(喜多村緑郎)と女人形師(河合雪之丞)だ。そんな二人は「牡丹」の常連客でもあり、ママの美保子(波乃久里子)と祇園はち熊の芸妓、小春(山村紅葉)は、思いがけなく探偵役をつとめることになる。
 おりしも、季節は節分。花街ではこの時期、いろいろなところで「お化け」と称する仮装パーティが開かれる習慣だ。『八つ墓村』の要蔵も登場するパーティが盛り上がったところで、第二の殺人が。おっとり現れたのは京都府警の狩谷警部(中村梅雀)。さて、このはんなり京ことばのコロンボは事件を解決に導けるか?
 祇園のクラブに、ママや芸妓さんという華やかな設定なら新派はぴったり。山村美紗さんの小説を読むより、ビジュアルが楽しめてなかなか。途中の密室トリックは我々ミステリマニアにはお馴染みだが、なかなか上手に再現していた。新派はミステリ劇に味をしめたようで、次回は2020年2月、『犬神家』につづく金田一もの『八つ墓村』とのこと。
 さて、三本目は明智小五郎登場。
 ミュージカル仕立ての『怪人と探偵』だ。
 乱歩の怪人二十面相と明智の対決をモチーフに作詞家の森雪之丞が書下ろし、曲の作詞も担当(作曲は杉本雄治)。名宝パンドーラの翼の強奪をめぐっての二十面相と明智の知力の対決が軸の物語だが、こういう趣向なら三島由紀夫の『黒蜥蜴』にかなうはずもない。ストーリーの底が浅く、どうも乗り切れない。
 とはいっても、怪人を演じる中川晃教、明智の加藤和樹、ともにミュージカルの世界ではイケメン。美声で有名。女性客8割で劇場は満館。まあ、乱歩の世界ではなくとも、彼女たちには大満足の舞台だったのだろう。
 さて、最後に控えているのが、三谷幸喜作・演出の『愛と哀しみのシャーロック・ホームズ』だが、この傑作についての報告は次回の会報にて、ということにしよう。
 京都大学で開かれたシャーロック・ホームズクラブの年次大会の様子、テレビでオンエア開始のディーン・フジオカ版『シャーロック』、そして横浜で開催中のホームズ展と揃えて、シャーロック案件、勢ぞろいで行く予定。