日々是映画日和(117)――ミステリ映画時評
ミステリ映画時評 三橋曉
隣国との関係をめぐり何かと喧しい昨今だが、惑うことなく年二度定例のソウルへ。今回も新作映画を三本観てきた。ソン・ドンイルが出ている憑依テーマのホラー『変身』、男女の恋愛を年代記風に描いた『ユ・ヨルの音楽アルバム』も楽しめたけど、ダントツに面白かったのが『EXIT』という脱出系パニックもの。少女時代のユナの凛々しいヒロインぶりも話題のディザスター映画で、そのスリルをラブコメと家族愛の上に築いてみせたのが意外にも新鮮。どうせ日本公開は忘れた頃だろうと思ってたら、来月には観られるそうです。お奨めですよ。
それにしても、韓国映画が海を越える速度は苛だたしいばかりに遅い。『毒戦 BELIEVER』も、約十七ヶ月遅れでやっと公開された。ご存じジョニー・トー作品の韓国版リメイクだ。麻薬取締局で捜査チームを率いるチョ・ジヌンは、国内の麻薬市場を牛耳るイ先生を長年追い続けていた。相手組織の幹部たちも口を閉ざす先生の正体を突き止めるため、麻薬精製工場で起きた爆発事故の生存者リュ・ジュンヨルを囮に仕立てる。極秘の捜査は困難を極めるが、組織の取引相手だった中国の麻薬王も巻き込んで、やがて三竦みの様相を呈していく。
原典のツボをきちんと押さえつつも、韓国ノワールの暗い底流へと向かう展開に息を呑む。先行するトー作品と重なり合う部分も少なくないが、別物の仕上がりと言っていいだろう。主要キャストのほぼ全員が、このデモーニッシュな世界の住人に成り切っていることには驚くばかりだが、故キム・ジュヒョクのオーバードーズにしか見えないクレイジーな麻薬王役は圧巻で、本作が遺作となったことが惜しまれる。執念の捜査官と謎めいた若者の不安定な信頼関係を軸に、複雑な絵柄をきちんと描き切った脚本は、「親切なクムジャさん」や「お嬢さん」で実績のあるチョン・ソギョンのもの。(★★★★)
森絵都の「カラフル」が原作の映画は、すでに実写、アニメの二邦画があるが、『ホームステイ ボクと僕の100日間』は、『バッド・ジーニアス』の金持ちのぼんぼん役、ティーラドン・スパパンピンヨーが、自殺した高校生の体に魂となって宿る主人公を演じるタイ映画である。しかし、〝管理人〟を名乗る謎の存在から、百日以内に高校生が死んだ理由を見つけ出せ、という課題を押し付けられる。さもないと消滅してしまうと脅かされた彼は、見知らぬ家族や友人たちに囲まれた高校生生活を送ることになるが。
ほのぼのとしたファンタジー色漂う原作も、タイムリミットのサスペンスや、高校生の自死をめぐる謎ときの要素を内包していた。しかし、原作のストーリーを解体し、再構築することにより、ミステリ的な要素に磨きをかけることに成功したのがこの映画だ。クライマックスには視覚的な要素も追加され、ミステリ映画の興趣を盛り上げている点もポイント。BNK48のキャプテンだというチャープラン・アーリークンや、インスタグラマーだというサルダー・ギアットワラウットら女優陣も瑞々しく、初映画出演とは思えぬほど溶け込み、青春映画の甘酸っぱさを醸し出す。原作のキーワード〝ホームステイ〟を敢えてタイトルにして、成長の物語のテーマもより鮮明なものとしている。(★★★★)
チャン・イーモウの新作『SHADOW 影武者』は、「三国志」の荊州争奪戦から材を得たものだが、隣国との積年にわたる領土争いを背景に、権力者と知将の知恵比べを描くミステリ的な要素も多分に含んだ武侠映画だ。弱小国の沛を治める王(チェン・カイ)は、平和を維持するためなら、妹の(クアン・シャオトン)をも交渉の駒に使う男だ。一方重臣の都督(ダン・チャオ)は、隣国に怯えるよりは、領土奪還のため打って出るよう進言する。民からの信望厚く、恩もある都督に頭のあがらない王は、得意の琴を夫婦で合奏せよと命じるが、妻の小艾(スン・リー)は領土が戻るまで弾かないことを天に誓ったと断る。しかし二人が琴にふれようとしない理由は、別にあった。
水墨画を思わせる画面構成は、監督の抱く母国のイメージだそうだが、雨の場面とも相まって潤いと奥深さを美しく表現している。王の許しを得ぬまま隣国の将軍との一騎打ちを申し込む都督と、腹心(ワン・ジンチュン)に妹の政略結婚を画策させる王が其々策略を巡らす中、意外な事実が次々と明らかになる展開がスリリングだ。数に劣る小国が敵地を攻略する終盤は動の面白さが前に出るが、その中で女性たちも人生を選択し、重要な役割を果たしていくのもいい。(★★★★)
今回は★満点のつるべ打ちだが、最後の『ボーダー 二つの世界』も四つ★だ。原作は、二度映画化されている「MORTH -モールス-」の作者ヨン・アイヴィデ・リンドクヴィストの同題作で、いきなり、ヒロインのティーナはどういう人物なのかという謎を観客に投げかけてくる。ティーナを演じるスウェーデンの人気女優エヴァ・メランデルは、特殊メイクですっかり別人というか別物。その尋常ではない容姿と、税関での仕事中に見せる不思議な力は、一体何を意味するのか。
ティーナはある時ヴォーレという見るからに怪しい男を調べると、別室で身体検査をした同僚から、女だったと知らされる。町で彼と再会すると、何かが気になり彼を自宅に連れ帰り離れに住まわせるが、嵐の晩、激しい雷鳴で覚醒した彼女は、ヴォーレを通じて自身が何者であるかを知ることに。
彼女の謎は、映画のテーマに直結している。ボーダーとは人と人ではないものの境界線だ。それは心の境界線でもある。ティーナはその双方に属しているが、仲間と出会い、両世界の価値観に引き裂かれていく。中盤で物語は北欧神話に接近するが、ある事件が絡むことによりミステリ映画の要素も付加される。そこが上手い。アウトサイダーとして生きる彼女の決意を窺わせるラストも見事だ。(★★★★)
※★は最高が四つ、公開日記載なき作品は、すでに公開済みです。