日々是映画日和

日々是映画日和(128)――ミステリ映画時評

三橋曉

 まずは吉例の旧年回顧から。独断と偏見に満ちた、順位なしのベストテンで、例によって十作とは限りません。ご容赦を。

『ラストレター』
『私の知らないわたしの素顔』
『9人の翻訳家 囚われたベストセラー』
『ナイブズ・アウト 名探偵と刃の館の秘密』
『プロジェクト・グーテンベルク 贋札王』
『霧の中の少女』
『仮面病棟』
『サーホー』
『シライサン』
『WAR ウォー!!』
『チィファの手紙』
『ブルータル・ジャスティス』
『鵞鳥湖の夜』
『ストレイ・ドッグ』
『真犯人』

 さて新年度は、デンマーク映画の『アフター・ウェディング』(二〇〇六年)をアメリカでリメイクした『秘密への招待状』から。
 コルカタで孤児院経営に人生を捧げるミシェル・ウィリアムズは、巨額の寄付の申し出を受け、ニューヨークに呼び出された。出資者の実業家ジュリアン・ムーアは、面接もそこそこに、娘の結婚式に出席してほしいと言い出す。翌日、彼女は怪訝な思いで式に顔を出すが、花嫁の父ビリー・クラダップが自分の昔の恋人であり、花嫁のアビー・クインは彼との間に生まれ、里子に出された筈のわが娘であることに驚愕する。
 監督のバート・フレインドリッチの中に、女実業家の役を妻のジュリアン・ムーアにどうしても演じさせたいという積極的な気持ちがあったのだろう。二番煎じには終わらせまいという気合いが伝わってくる再映画化で、旧作から大胆な改変がなされているのもそのためだと思う。周囲を困惑させてまで、彼女は何をしたかったのか? それが本作に仕掛けられたメインの謎だが、原典にもあった実業家が自分の運命と向き合う壮絶な一シーンは、やはり本作でも胸に刺さる。人生の謎を描いた秀作だと思う。(★★★★)※二月一二日公開

『スイス・アーミー・マン』ではアーミーナイフのように重宝される万能の死体役を演じたダニエル・ラドクリフだが、今度は知らぬ間に人体改造をされ、両手に銃を括り付けられてしまう。かくして誕生した二丁拳銃(アキンボ)の男マイルズが、逃げ場なしのデスマッチに巻き込まれるのが、『ガンズ・アキンボ』である。
 ゲームのプログラマーで、他人に罵詈雑言を浴びせては悦に入る悪趣味な主人公は、ある時、命を賭けた格闘ゲームを生配信する違法なサイトのスキズムの悪口を書き込んでしまう。激怒したゲームの主催者は、拉致した彼の両手に銃を固定し、無敗を誇るチャンピオンのニックス(サマラ・ウィーヴィング)との一騎打ちを強制する。恋人を人質にとられ、クレイジーなゲームにやむなく参戦したマイルズだったが。
 両手が銃では、スマホも使えないし、そもそも不自由過ぎて闘いどころじゃなかろうと思えてしまう序盤。しかし、やがて無敵のニックスにも数奇な過去があることが判ったり、警察までもが絡んだ三つ巴の展開となるにつれ、追いつ追われつの面白さが加速していく。お約束とはいえ、後半にかけてミステリ的な仕掛けがあるのもいい。(★★★)※二月二六日公開

 いい小説に目をつけたな、と思わず膝を打ったのが、キム・ヨンフン監督の『藁にもすがる獣たち』だ。原作は、曽根圭介が二〇一一年に上梓した同題の犯罪小説である。
 当初、物語は三人の男女をめぐって展開する。サウナのしがない従業員ペ・ソンウ、DV夫に虐げられる主婦シン・ヒョンビン、借金返済に汲々とする公務員チョン・ウソン。喉から手が出るほど金がほしい彼らは、それぞれの理由から窮地に追い込まれていくが、そこに謎の女チョン・ドヨンが現れる。複雑に絡み合う運命の果てに、札束が詰まったバッグを手にするのは果たして誰か?
 原作のテイストを尊重した映画化だが、脚本にはあちこちに手が加えられている。例えば人物の一人が悪徳刑事から税関職員に変更されているが、それが理にかなった改変だとやがて明らかになる。悪の連鎖反応を濃縮する工夫は他にもあって、ブラック(クライム)コメディ色を強めている点も買える。小道具である煙草の銘柄や章題に凝らされた工夫など、細部に至るまでが原典を引き立たせている理想的な映画化例といえる。(★★★1/2)※二月一九日公開

 三澤拓哉監督の『ある殺人、落葉のころに』は、サブタイトルに Murder of Oiso とあるように、湘南の物語だ。海に近いローカル都市を舞台に、学校時代からの繋がりを引きずる男たちのその後の人間模様が、濃密に描かれていく。
 高校のバスケ部のチームメイト四人は放課後にもつるむ仲だった。リーダー格の森優作にそそのかされ、苛めや喝上げにも手を染めた過去もあった。卒業後、彼らは森の父親が経営する工務店で働き、時間外には酒を呑みポーカーに興じていたが、暢気な日々は社長の急逝で終止符が打たれる。それぞれの境遇や生き方の違いから、彼らの間に亀裂と齟齬が広がっていく。
 狭義のミステリ映画ではないが、青春期の終わりにさしかかった四人の若者たちの暗く澱んだ魂の底流をたぐり、ノワールの空気を色濃く漂わせる。前半の人間関係を伏線とした、クライマックス直前の展開は、ミステリ映画に急接近するスリルもある。観る者の不安を煽るような音楽が効果的だ。(★★★)※二月二〇日公開

※★は最高が四つ、公開日記載なき作品は、すでに公開済みです。