ミステリ演劇鑑賞録

第二回 同時進行の効果

千澤のり子

 文章では絶対にできない表現、舞台上の同時進行が功を奏していた作品を紹介しよう。
 同じ物語でも表現に違いがあることを再確認したのは、アガサ・クリスティー生誕一三〇周年、河原雅彦演出『オリエント急行殺人事件』(二〇二〇年十二月八日~十二月二十七日Bunkamuraシアターコクーン)を観たときだった。初演(二〇一九年七月二十六日~二十八日大阪・森ノ宮ピロティホール、八月一日~二日名古屋・ウィンクあいち大ホール、八月九日~十八日東京・サンシャイン劇場)は小西遼生、二度目の上演時は椎名桔平がエルキュール・ポアロ役を演じている。作品の舞台となるオリエント急行は、通常の列車のように横一列ではなく、一階を食堂車、二階を客室と上下に分けていた。それにより、人々の動きが一瞬で把握できる。短時間で情報が得られることができ、原作を知らない観客でも推理がしやすい流れになっていた。登場人物を減らしたぶんだけ、乗客たちの個性に深みが出ていた。両作でヘレン・ハバードを演じたマルシアの変貌ぶりが特に見事である。
 成井豊脚本・演出、東野圭吾原作『容疑者Xの献身』(二〇二一年五月二十八日~三十日東京・シアター1010、七月十日~十一日兵庫・兵庫県立芸術文化センター)では、数学教師・石神とヒロインの靖子が住むアパートの部屋が、室内のインテリアまで詳細に作られていた。冒頭の元夫殺害場面では、石神がいかに隣室の様子を心配し、訪れようかと葛藤していた様子がよく分かる。無言の演技だけで石神の人柄を示す良い場面であった。初演(兵庫・新神戸オリエンタル劇場二〇〇九年四月十八日~二十六日、東京・サンシャイン劇場四月三十日~五月二十四日)と再演(東京・サンシャイン劇場二〇一二年五月十二日~六月三日、大阪・シアター・ドラマシティ六月七日~十二日)は演劇集団キャラメルボックスが演じ、劇団変形日和、演劇集団笹塚放課後クラブ、NAPPOS UNITEDプロデュースのほか、学生劇団や上海でも上演された人気作である。
 鶴田法男総監督、小林雄次脚本、井上テテ演出、恩田陸原作『六番目の小夜子』(新国立劇場小劇場二〇二二年一月七日~一月十六日)では、主人公の所属する演劇部の部室である理科準備室が一階、小夜子の慰霊碑が二階といった縦二段式に場面が分かれていた。クライマックスの学園祭場面は、小夜子らしき少女が慰霊碑の前で髪を振り乱して踊り狂い、観客の目を引き付けている間にサプライズが起きる。原作同様の恐怖を味わった観客も少なくはないだろう。
「DISCOVER WORLD THEATRE」第九弾として上演されたレジナルド・ローズ原作、徐賀世子翻訳、リンゼイ・ボズナー演出『十二人の怒れる男』(二〇二〇年九月十一日~十月四日Bunkamuraシアターコクーン)は、観客席が十二人の陪審員たちの周囲を取り囲めるように設置されていた。作中の休憩時間中、会議室の中では緊迫したまま、一方で舞台の隅にある洗面所では和やかという、対極的な空気が同時進行で描かれた。周囲の観客たちも、気分転換となった一場面であった。