日々是映画日和(146)――ミステリ映画時評
六月に公開された『ザ・ロストシティ』は、伝説の古代都市を探して、自身の小説さながらの大冒険に駆り出されていくロマンス作家をサンドラ・ブロックが演じ、懐かしい〝ロマンシング・ストーン〟シリーズ(1984~5)を思い出させる楽しい作品だった。そこで特殊部隊の経験もある元CIAという怪しい人物役でカメオ出演をしていたのがブラッド・ピットだ。そのユニークな役柄を引き継いだかのように、悪運続きの殺し屋〝天道虫〟をブラピが楽しげに演じる『ブレット・トレイン』から、今回は始めよう。
まさに、物語の殆どが東京から京都へと向かうブレット・トレイン=弾丸列車(新幹線)の車中で繰り広げられていく。仲介役のマリアから、暗号名レディバグ(天道虫)として請け負った仕事は、新幹線に一駅間だけ乗って、ブリーフケースを盗み出すことだった。しかし獲物を手に品川駅で降りようとした彼は、因縁あるメキシコ人の殺し屋ウルフと鉢合わせ、格闘の末に相手を倒すが、降車しそこねてしまう。その後も次々と怪しい人物たちが現れては、簡単な筈のミッションの足を引っ張っていく。一方、同じ列車には、悪魔のような心を持つ女子学生のプリンスと、彼女に恨みを抱くキムラも乗り合わせていた。周囲の騒がしさに気付いたプリンスは、キムラを巻き込み、殺し屋たちを手玉に取ろうとする。かくして殺し合う悪党どもを乗せ、列車はラスボスの待つ京都へと疾走していく。
原作の伊坂幸太郎「マリアビートル」は、オフビートな殺し屋たちの群像劇で、作者独特の饒舌が愉快なクライムコメディだった。ゆえにどんな映画になるか興味津々だったが、原作の静を動に置き換えたようなアクション映画の快作に仕上がっている。監督のデヴィッド・リーチはスタント出身だけあって、アクション場面のアイデアが豊富で、スピーディな展開が観客に飽く暇を与えない。殺し屋たちの多士済々と、てんこ盛りのジャパネスク趣味も、本作のゴージャスな魅力を倍加させているが、豪快な物語の進行が、原作の濃やかな人間関係を損なっていない点も見逃せないだろう。マリアとの邂逅シーンにニヤリとする間もなく、さらに畳み掛ける念の入りようにも恐れ入るばかりだ。(★★★★)*9月1日公開
『バッド・ジーニアス 危険な天才たち』で世界の映画ファンの注目をタイに集めたバス・プーンピリヤ監督の新作『プアン 友だちと呼ばせて』は、ニューヨークから始まる。バーの経営者として享楽の日々を送るボス(トー・タナトップ)に、友人のウード(アイス・ナッタラット)から国際電話が入った。白血病で余命幾許もない、タイに帰ってきてくれないか。そんな親友の願いは、最後にかつての恋人たちを訪ねて廻りたいという。しかし車を走らせ、懐かしい三人への訪問を終えた時、ウードは驚きの事実を告げる。
DJだった父のカセットをカーステレオで鳴らしながら、巡礼のような旅に出る二人の青年。絵に描いたようなロード・ムービーの部分は、甘酸っぱく、そして時にほろ苦い青春恋愛映画の趣きもある。また『バッド・ジーニアス』のヒロインとの再会に頬を緩める向きもあるだろう。ただ、折り返し点で明かされるウードの告白はやや唐突で、伏線に乏しく感じられるのが惜しい。カセットテープに準えたサイドAとサイドBの構成は悪くないのだけれど。(★★★)*8月5日公開
映像クリエイター発掘のコンペであるTCP(ツタヤ・クリエイターズ・プログラム)は、ミステリ映画だけでも『嘘を愛する女』や『先生、私の隣に座っていたけませんか?』を世に送った実績がある。片岡翔の『この子は邪悪』は、2017年準グランプリ作の映画化だ。
五年前、遊園地帰りに巻き込まれた交通事故で、母は植物状態となった。幼い妹も顔面の火傷で仮面を離せなくなるが、心理療法士の父(玉木宏)のケアで、三人は幸せに暮らしていた。そんなある時、昏睡から奇跡的に目覚めたという母(桜井ユキ)を父が連れ帰ってきた。はしゃぐ妹を横目に、花(南沙良)はどこか違和感を覚えた。そんな不安な思いにつけ入るように、純(大西流星)という少年が花に近づいてくる。
退行睡眠療法を洗脳に結びつける点は、ミステリとしてやや乱暴な気がしないではないが、横溝正史の世界を思わせる妹の仮面や、異様な眼球の描写が不気味な雰囲気を盛り上げる。先の読めない展開というキャッチコピーも伊達ではなく、小道具としての兎の使い方も巧妙。どこかレトロな佇まいも、物語の謎めいた怪奇性とマッチしている。(★★★)*9月1日公開
現代史からも巧みに題材をすくい上げる韓国映画だが、「国家が破産する日」や「1987、ある闘いの真実」などが並ぶその長い列に、新たに加わったのが『キングメーカー 大統領を作った男』だ。一九六〇年代の韓国東北部。独裁政権打倒の野望に燃える野党候補者ウンボム(ソル・ギョング)は、勝つためであれば手段を選ばないチャンデ(イ・ソンギュン)をチームに引き入れ、補欠選挙を勝ち上がる。さらに国会議員にも当選すると、本人の誠実な人柄とチャンデの工作が噛み合い、党内の大統領候補にまで昇りつめる。しかしウンボム宅で起きた爆破事件で、チャンデは自作自演を疑われてしまう。
候補者と選挙参謀という政治世界の光と影を対比させ、善と悪の静かなせめぎあいを描くドラマが濃密だ。隣国の史実に疎い観客としては、政局の行方や選挙の結果にもサスペンスを感じるが、ミステリ好きなら爆破事件をめぐって危うい信頼関係が揺れ動く展開にも興味をそそられるだろう。(★★★)*8月12日公開
※★の数は4つが最高です。
まさに、物語の殆どが東京から京都へと向かうブレット・トレイン=弾丸列車(新幹線)の車中で繰り広げられていく。仲介役のマリアから、暗号名レディバグ(天道虫)として請け負った仕事は、新幹線に一駅間だけ乗って、ブリーフケースを盗み出すことだった。しかし獲物を手に品川駅で降りようとした彼は、因縁あるメキシコ人の殺し屋ウルフと鉢合わせ、格闘の末に相手を倒すが、降車しそこねてしまう。その後も次々と怪しい人物たちが現れては、簡単な筈のミッションの足を引っ張っていく。一方、同じ列車には、悪魔のような心を持つ女子学生のプリンスと、彼女に恨みを抱くキムラも乗り合わせていた。周囲の騒がしさに気付いたプリンスは、キムラを巻き込み、殺し屋たちを手玉に取ろうとする。かくして殺し合う悪党どもを乗せ、列車はラスボスの待つ京都へと疾走していく。
原作の伊坂幸太郎「マリアビートル」は、オフビートな殺し屋たちの群像劇で、作者独特の饒舌が愉快なクライムコメディだった。ゆえにどんな映画になるか興味津々だったが、原作の静を動に置き換えたようなアクション映画の快作に仕上がっている。監督のデヴィッド・リーチはスタント出身だけあって、アクション場面のアイデアが豊富で、スピーディな展開が観客に飽く暇を与えない。殺し屋たちの多士済々と、てんこ盛りのジャパネスク趣味も、本作のゴージャスな魅力を倍加させているが、豪快な物語の進行が、原作の濃やかな人間関係を損なっていない点も見逃せないだろう。マリアとの邂逅シーンにニヤリとする間もなく、さらに畳み掛ける念の入りようにも恐れ入るばかりだ。(★★★★)*9月1日公開
『バッド・ジーニアス 危険な天才たち』で世界の映画ファンの注目をタイに集めたバス・プーンピリヤ監督の新作『プアン 友だちと呼ばせて』は、ニューヨークから始まる。バーの経営者として享楽の日々を送るボス(トー・タナトップ)に、友人のウード(アイス・ナッタラット)から国際電話が入った。白血病で余命幾許もない、タイに帰ってきてくれないか。そんな親友の願いは、最後にかつての恋人たちを訪ねて廻りたいという。しかし車を走らせ、懐かしい三人への訪問を終えた時、ウードは驚きの事実を告げる。
DJだった父のカセットをカーステレオで鳴らしながら、巡礼のような旅に出る二人の青年。絵に描いたようなロード・ムービーの部分は、甘酸っぱく、そして時にほろ苦い青春恋愛映画の趣きもある。また『バッド・ジーニアス』のヒロインとの再会に頬を緩める向きもあるだろう。ただ、折り返し点で明かされるウードの告白はやや唐突で、伏線に乏しく感じられるのが惜しい。カセットテープに準えたサイドAとサイドBの構成は悪くないのだけれど。(★★★)*8月5日公開
映像クリエイター発掘のコンペであるTCP(ツタヤ・クリエイターズ・プログラム)は、ミステリ映画だけでも『嘘を愛する女』や『先生、私の隣に座っていたけませんか?』を世に送った実績がある。片岡翔の『この子は邪悪』は、2017年準グランプリ作の映画化だ。
五年前、遊園地帰りに巻き込まれた交通事故で、母は植物状態となった。幼い妹も顔面の火傷で仮面を離せなくなるが、心理療法士の父(玉木宏)のケアで、三人は幸せに暮らしていた。そんなある時、昏睡から奇跡的に目覚めたという母(桜井ユキ)を父が連れ帰ってきた。はしゃぐ妹を横目に、花(南沙良)はどこか違和感を覚えた。そんな不安な思いにつけ入るように、純(大西流星)という少年が花に近づいてくる。
退行睡眠療法を洗脳に結びつける点は、ミステリとしてやや乱暴な気がしないではないが、横溝正史の世界を思わせる妹の仮面や、異様な眼球の描写が不気味な雰囲気を盛り上げる。先の読めない展開というキャッチコピーも伊達ではなく、小道具としての兎の使い方も巧妙。どこかレトロな佇まいも、物語の謎めいた怪奇性とマッチしている。(★★★)*9月1日公開
現代史からも巧みに題材をすくい上げる韓国映画だが、「国家が破産する日」や「1987、ある闘いの真実」などが並ぶその長い列に、新たに加わったのが『キングメーカー 大統領を作った男』だ。一九六〇年代の韓国東北部。独裁政権打倒の野望に燃える野党候補者ウンボム(ソル・ギョング)は、勝つためであれば手段を選ばないチャンデ(イ・ソンギュン)をチームに引き入れ、補欠選挙を勝ち上がる。さらに国会議員にも当選すると、本人の誠実な人柄とチャンデの工作が噛み合い、党内の大統領候補にまで昇りつめる。しかしウンボム宅で起きた爆破事件で、チャンデは自作自演を疑われてしまう。
候補者と選挙参謀という政治世界の光と影を対比させ、善と悪の静かなせめぎあいを描くドラマが濃密だ。隣国の史実に疎い観客としては、政局の行方や選挙の結果にもサスペンスを感じるが、ミステリ好きなら爆破事件をめぐって危うい信頼関係が揺れ動く展開にも興味をそそられるだろう。(★★★)*8月12日公開
※★の数は4つが最高です。