入会のことば
この度は日本推理作家協会の末席に加えていただき、誠にありがとうございます。本協会主催の第六十八回江戸川乱歩賞を受賞し、『此の世の果ての殺人』にてデビューいたしました、荒木あかねと申します。
ミステリ作家を志すようになったきっかけは、中学三年生の夏、『オールスイリ2012』に収録されていた有栖川有栖先生の『探偵、青の時代』を読んだことです。明快かつ隙のないロジックと、青春の苦みを想起させるラストシーンが魅力の短編で、読み終えた頃にはミステリの虜となっていました。すぐさまウィキペディアにアクセスして有栖川先生の作品リストを開き、江神二郎シリーズが五作品、火村英生シリーズが約二十作品(二〇一三年当時)刊行されているのを確認して、「こんなに面白い作品がまだまだ沢山読めるんだ!」とガッツポーズしました。
当時の私はそれほど熱心な読書家ではなく、本格ミステリに触れたのもそれが初めてでした。『探偵、青の時代』と出会ったことで「新本格ミステリ」という区分、ムーヴメントを知り、受験勉強そっちのけですっかりハマってしまいました。また、海外の古典ミステリを読むようになってから巡り合ったアガサ・クリスティ『五匹の子豚』、『予告殺人』などの名作には多大なる影響を受けています。
読みたい気持ちと書きたい気持ちはほぼ同時に沸き上がりました。自分でもミステリを書いてみたい。ミステリ作家になりたい。すぐに筆を執りましたが、中高生時代は長編を完成させるだけの筆力が身に付かず、新人賞への投稿を始めたのは大学生になってからでした。小説を書いていることは周囲にはほとんど伝えず、特に家族には一切打ち明けませんでした。「作家になりたい」なんて言い出したら猛反対されるだろうと勝手に思い込んでいたのです。大学在学中は落選が続きました。自作に対する客観的な意見が欲しいと願いながらも、内向的な性質ゆえ誰かに感想を求めることなどできず、毎日一人で書き続けました。
就職活動、そして社会人一年目を経て、一念発起して憧れの江戸川乱歩賞に応募し、受賞の知らせをいただいたときは文字通り飛び跳ねて喜びました。夢が叶ってからの日々は現実味乏しく、慌ただしく、刺激的です。デビューして半年が経過しましたが、本になった私の作品をたくさんの方々が読んでくださっているというのが今でも半分信じられないような気がしますし、直接感想をいただいたりすると新鮮にびっくりします。誰かに作品を読んでもらう、感想や執筆に関するアドバイスをもらう─内へ内へとこもっていた私にとって、それはデビュー後の執筆生活に訪れた一番の変化でした。
昨年十一月には本協会の主催により、盛大な贈呈式を催していただきました。選考委員の先生方から直接激励のお言葉をいただいたり、壇上で日本推理作家協会賞贈呈式を観覧させていただいたりと、素晴らしいひとときを過ごしたのですが、贈呈式の最後には人生最大のサプライズが待っていました。まさかまさか、ミステリ作家を志すきっかけを作ってくださった有栖川有栖先生に登壇していただけるなんて! 本当に最高の思い出になりました。選考委員の先生方、サプライズを企画していただいた関係者の皆様にこの場をお借りして厚く御礼申し上げます。
授賞式が終わった後、有栖川先生から「荒木さん、サインください」と拙作『此の世の果ての殺人』を手渡されました。『此の世の果て』の見返しは濃い青色をしているため、黒のペンを使うとサインが見えにくくなってしまうのですが、それを考慮してか有栖川先生自らキラキラのサインペンを用意してくださっていました。粋すぎる計らいを目の当たりにして気が動転して、咄嗟に口から出てきたのが「私も家から『菩提樹荘の殺人』を持ってくればよかった!(サインしてもらいたかった)」などというオタク丸出しの一言。きちんとお礼を言えなかったことを大いに反省しております。
ミステリに携わるたくさんの会員の方々によって構成された、この日本推理作家協会という歴史ある団体に加入させていただき、本当に嬉しく思います。ミステリ作家としてのお仕事を始めて以来自分の未熟さを痛感する毎日ですが、人とのご縁を大切に、執筆活動に邁進いたします。今後ともどうぞよろしくお願いいたします。