日々是映画日和

日々是映画日和(78)

三橋暁

 『セイフ ヘイヴン』や『君が生きた証』など、一見そうとは思えない作品がミステリ映画だと判った時のサプライズは大きい。それを探すこと自体が、ミステリ映画の醍醐味と言っても、過言ではないくらいだ。今回もそんな一作から始めさせてもらう。

 『チャンス商会~初恋を探して~』は、ほのぼのした邦題のとおり、ローカルな商店街を舞台に、硬骨の老人パク・クニョンをめぐる賑やかな人間模様を描いていく。周囲の多くは、寂れた町に元気を取り戻すため再開発を望んでいるが、老人だけが首を縦にふらない。彼が働くスーパーの社長は再開発推進派で、頑固者に印を押させようと躍起になっている。そんなある時、老人は近所の花屋の女性ユン・ヨジョンに好意を抱く。ここぞとばかり社長は恋の後押しで、頑なな心を開かせようとするが。
 老いらくの恋を静かに追っていく物語がターニング・ポイントを迎えるのは、そろそろ終盤にさしかかるあたりで、まさに晴天の霹靂、物語の構図が一気に反転する。小さな違和感の数々が氷解するその一瞬はなんとも感動的で、一見大味にも映るディテイールが実は考え抜かれた伏線であったことに気づかされる。監督は、『シュリ』でおなじみのカン・ジェギュだが、本作の成功はイ・サンヒョンの丁寧に作りこんだ脚本に負うところ大だろう。最初のシーンと呼応し合う物語の着地点が何より心にしみる。(★★★★)

 今もヨーロッパで相次ぐホロコーストの惨禍を描く映画からは、ナチスの暴虐の記憶を若い世代へと引き継いでいこうとする強い意思が伝わってくる。当事国のドイツはナチスの戦犯をどう扱ったかを描くジュリオ・リッチャレッリ監督の『顔のないヒトラーたち』もそのひとつだ。正義の大切さを亡き父から学び、検事となったアレクサンダー・フェーリングは、アウシュビッツの収容所にいた元親衛隊員が何食わぬ顔で教師の職に就いていると通報をうける。最初は過去の出来事として見過ごそうとするが、彼を焚き付けるジャーナリストや、ユダヤ人の友人らとの親交を通じ、告発にのめり込んでいく。しかし、同僚たちの冷たい視線に耐え、粘り強く準備をすめる主人公を、意外な落とし穴が待ち受けていた。
 戦後ドイツ史の転換点とも言われるアウシュビッツ裁判までの道のりは、主人公ばかりでなく、ドイツ国民にとっても険しいものであったことが伝わってくる。ナチスに委ねた道が、国家にとって正しかったわけはないが、なぜ選択を誤ったか?そしてホロコーストの悲劇はなぜ起きたか?という謎にも迫ろうとするテーマへの訴求力が見事。ナチスの被害者であるとともに加害者でもあるドイツ国民の複雑な思いが、次々と鮮明になっていく。正義のあり方と、それを貫くことの苦難をも描き、忘れ難い作品となった。深刻な内容だが、寄り添うラブストーリーが絶妙の隠し味になっているのもいい。※10月3日公開(★★★1/2)

 マインドファック・ムービーいう、耳新しいが、お世辞にも品があるとは言い難いタグが付けられたバラン・ボー・オダー監督の『ピエロがお前を嘲笑う』。ドイツ発の作品だが、目聡いハリウッドがすでにリメイクの唾を付けているようだ。深夜、警察に出頭してきた天才ハッカーのトム・シリングは、女性捜査官に告白を始める。自分は世間を騒がしている事件の犯人グループの一員であり、捜査に協力する代償に、証人保護プログラムで身の安全を保障してほしいという。彼の語る事件の驚くべき舞台裏は、彼女のこれまでの捜査結果を裏付けるものばかりだったが。
 観る者を騙す映画という意味らしい〝マインドファック〟だが、この方面の名だたる名作と較べてしまうと非凡さに乏しい。今や日常茶飯事のサイバー犯罪は、題材としてとりたてて新味がある訳でもなく、肝心の部分でプロバビリティに頼るブロットも脆弱な部分がある。しかし、幕切れの爽快感は悪くない。終わり良ければすべて良しの法則は、この犯罪映画にもまた当てはまる。 (★★★)

 正統派のスーツに身を包んだ正義のジェントルメンが、悪の組織に立ち向かう『キングスマン』は、外套と短剣の世界と最新のテクノロジーが火花を散らすスパイ映画だ。ロンドンの高級テイラー店キングスマンは、実は世界平和のために戦う紳士たちが、円卓の騎士よろしく集う国際諜報組織の拠点だった。主人公タロン・エガートンの父もかつて組織に属していたが、十七年前に殉職。母子家庭で育った彼は仕事にも就かず、乱暴者の義父と睨み合う日々を送っていた。そこに現れた父の同僚コリン・ファースは、彼にエージェントの試験に挑戦するよう奨める。
 主人公と優秀なライバルたちが、たった一つの欠員をめぐり熾烈な競争を繰り広げる前半。後半に入ると、地球規模のテロを目論むサミュエル・L・ジャクソンが、新メンバーの加わったキングスマンを手ぐすねひいて待ち受ける。007顔負けの秘密兵器から、御大マイケル・ケインを重要な役どころに配するキャスティングまで、スパイ映画好きの頬は緩みっ放し。非情さとヒューマニズムを使い分けるさじ加減も絶妙だ。監督は『キック・アス』のマシュー・ヴォーンだが、映画化を視野に入れ、原作のグラフィックノベルの企画から関わってきたという。後日談の制作にも期待したい。(★★★1/2)

※★は四つが満点(BOMBが最低点)。公開予定日の特記なき作品は、公開済みです。