日々是映画日和(80)
―――ミステリ映画時評
二月公開の『オデッセイ』は、アンディ・ウィアーの「火星の人」というハードSF小説の映画化だが、火星探索のミッションのさ中、置き去りにされてしまったマット・デイモン演じる植物学者のサバイバルを克明に描き、彼の救出作戦へと突入していく。不可能を可能にするためのはなれわざが連発される後半は、ミステリ好きも息を呑むに十分で、さすが『ワールド・オブ・ライズ』や『悪の法則』でミステリ・ファンの心にも通じたリドリー・スコット監督の仕事だと感心させられる。
その『オデッセイ』でも、宇宙船の責任感ある船長役が印象に残るジェシカ・チャステインが、『クリムゾン・ピーク』では、辺鄙な丘陵地帯にたたずむ大屋敷を弟と守り続ける謎めいた美女を演じる。二十世紀初頭のニューヨーク、作家志望のミア・ワシコウスカは、父から出資を仰ごうと訪ねてきた発明家のトム・ヒドルストンに恋をする。父の急逝という悲運に見舞われるが、彼女は発明家との結婚を決意し、彼の故郷イギリスに渡る。しかし幼い頃から霊感の強かった彼女は、赤粘土の土地に築かれた古い屋敷に足を踏み入れるや、次々怪異に襲われる。
ギレルモ・デル・トロ監督の新作は、幽霊屋敷に嫁ぐ乙女という、今どき珍しいほどゴシック・ロマンスの定石を踏まえている。冒頭のユニバーサルのロゴまでも深紅にそまる色彩感覚の冴えや、実際に屋敷を建造したというセットの凝りようなど、この監督らしいこだわりがすごいが、父の死をめぐるフーダニットといい、姉弟の一家にまつわる過去を暴いていく展開といい、ミステリの興趣も贅沢に盛られている。スプラッター描写が好みを分けるかもしれないが、チャステインとヒドルトンの姉弟、ワシコウスカのヒロイン、さらには彼女に思いを寄せる青年医師の思惑を複雑に重ねあわせた三角関係という古風ゆかしきメロドラマ的な設定が、ゴシック色と鮮やかにマッチしている。※一月八日公開
(★★★1/2)
次は、『コールド・ウォー 香港警察 二つの正義』のリョン・ロクマンとサニー・ルクが再び脚本・監督でコンビを組んだ『ヘリオス 赤い諜報戦』。旅客機の墜落現場から、韓国からの積み荷であった超小型核兵器のDCー8が奪われた。現地の香港では核の専門家で教授のジャッキー・チュンを長とする危機対策本部が置かれ、香港警察のニック・チョンは、犯人と思しき謎の組織を追い、武器取引の現場に踏み込む。韓国から駆けつけた国家情報局の理事官チ・ジニと諜報員のチェ・シオンによりDCー8はリセットされ、危機的な状況は回避されるものの、中国政府は、政治的思惑から兵器の返還に待ったをかけてくる。
印象的な墜落現場のロングショットで幕があき、中国、韓国の両政府、そして香港警察が三竦み状態となる中、核兵器の争奪戦とヘリオスとの戦いのドラマが繰り広げられていく。たたみ掛けるような展開の中、チャン・チェンとともに犯人グループの一員として、格闘場面で切れのいい動きを見せるジャニス・マンに目を奪われる。あっ、という言葉が思わず口をつく舞台の転換から間もなくあっさり終劇の二文字が出るが、実は物語はまだ終わっていない。さらなる意外な展開があるであろう続編の製作が楽しみだ。※一月九日公開
(★★★)
ハンガリー発のファニーでジャパネスクな怪作『リザとキツネと恋する死者たち』は、昨年の大阪アジアン映画祭で個人的に一番の収穫だったが、いささかオフビートな作品なので公開は難しいかもと思っていた。ロードショーが決まったのは、なんとも喜ばしい。日本大使の未亡人である老女の世話をするモーニカ・バルシャイは、住み込みの介護に追われる日々を送っていた。そんな彼女の孤独を癒やしてくれるのは、身辺に現れては、心地よい歌声で彼女を慰める陽気な幽霊だった。しかし、彼女の外出中に老女はベッドから転落死し、警察はモーニカに疑いを向ける。
ヒロインの周囲で相次ぐ変死事件には、ミッシングリンクを絡めた連続殺人の意趣もあり、一応のミステリ仕立てになっている。しかし妙に心に残るのは、日系二世のデヴィッド・サクライが演じるトミー谷という歌手の幽霊と、彼が歌う曲の一度聴いたら耳をはなれないGS歌謡調の奇妙な旋律なのだ。七十年代のブダペストを舞台に、中国の妖狐伝説を思わせる奇妙な幽霊譚までが絡んでくる展開には、ミスマッチが百八十度捻れてマッチしたような不思議な面白さがある。ベテラン女優のピロシュカ・モルナールが『悪童日記』に続いて、またも癖のある老女役を好演している。(★★★)
さて、今年も一年お付き合いくださり、ありがとうございました。最後に吉例のベストダズンを。順位ではなく、観た順です。有名な原作ものや、映画祭での限定上映作にも収穫があったが、ここには含めていません、あしからず。
『薄氷の殺人』
『二重生活』
『女神は二度微笑む』
『マジック・イン・ムーンライト』
『君が生きた証』
『共犯』
『顔のないヒトラーたち』
『ヴィジット』
『チャンス商会 初恋を探して』
『黄金のアデーレ 名画の帰還』
『ロスト・フロア』
『技術者たち』
ということで、来年もよろしく。
※★は四つが満点。公開予定日の付記ない作品は、公開済みです。