松坂健のミステリアス・イベント体験記

健さんのミステリアス・イベント体験記 第37回
都筑道夫さんの華麗な世界と怪奇なイラストレーター、ゴーリーの世界
2013年10月29日~2014年2月22日
「没後十年都筑道夫展」(ミステリー文学資料館)
2013年12月3日~12月28日
「濱中利信コレクション エドワード・ゴーリーの世界」(ヴァニラ画廊)

ミステリ研究家 松坂健

 「東京は江戸のツヅキです」とはなかなかうまいキャッチコピーだ。
 都筑道夫さんの作品には、現代もののスリラー、本格どちらにも、どこか「東京」というより、お江戸の風が吹いているような感じがする。一種の戯作趣味がそうさせるのか、都筑さん風にいえば、「エドシティ」の物語をずーっと紡いでこられたのが、都筑さんのような気がする。
 そんな都筑さんの没後10年を記念しての「都筑道夫展」が東京・池袋のミステリー文学資料館で開催中だ。
 都筑さんには掘燐太郎さんというお弟子さんというより、年下の伴走者というべきか、といった人がおられて、彼が都筑作品に私淑して、著作の大半を集め、また作品にちなんだ玩具・小物・ゲームを作ることのできるお方だった。そんな彼が協力しての展覧会だから、著書や掲載誌、写真だけでなく、異色グッズ類の展示が多い、きわめてユニークな展覧会になっている。
 たとえば、なめくじ長屋見立ての砂絵のセンセーとカッパの根付やチェスセット、掘さんが作った都筑さん案のジグソーパズル(限定2部?)など、一般では絶対に入手できない〝一点もの〟ばかりだ。
 著書も珍しいものがずらりと並んでいるが、1954年刊行の幻の処女出版本『魔界風雲録』(若潮社)などは、初めて見ることができた。
 その他にも、映画のシナリオ、DVD、生原稿などの展示もあって、都筑さんがいかにメディアをクロスオーバーしていたか、よく分かる。こういう風に立体的に〝編集〟された展覧会がやれるのは、都筑さんだけだろう。
 僕にとっての都筑さんは、「ミステリー文学資料館ニュース第27号」での新保博久さん(同館運営委員)と掘さんの対談で語られている通り、「現代日本にも推理作家がいたんだ!」(堀さん)の感動と同じ気分で発見できた作家だった。その後、EQMMの編集ぶりを楽しみ、ペイパーナイフなどのコラムで勉強させていただいたものなのである。だから、僕には海外ミステリの動向を常に教えてくれる恩師みたいなところがあった。
 会場を飾る写真のいくつかで、書斎の風景がのぞけるが、できれば洋書のハードカバーがパラフィン紙のカバーを付けられて(都筑さんの蔵書の大半に半透明のパラフィン紙がかけられ、そのゆるみのない几帳面な付け方は驚嘆すべきものだった)、ずらっと並んでいる書棚のアップ写真などがあればなあ、と思う。都筑さんの中野区・高田のご自宅に伺うと、玄関わきの仕事場の本棚にぎっしりハードカバーが並んでいる様に圧倒されたものだ。軽快なミステリを書くためには、かくも膨大な読書量があるんだ、と感銘を受けた。
 没後十年。先日、ミステリ仲間のひとりが、3、4年ごとに、無性に都筑作品を読み返したくなる発作が出ると告白していたが、都筑ワールドには、そんな症状をもたらすヴィールスが潜んでいる。同感だ。
 この展覧会、2014年2月22日まで開催。未見の方にはぜひとも、とお薦めしたい。
 今月はもうひとつ展覧会を。
 東京・銀座の裏町のビル地下2階というなかなか乱歩的な雰囲気の場所にあるヴァニラ画廊で行われた濱中利信コレクション「エドワード・ゴーリーの世界」展である。
 ゴーリーさんというのは、細密なタッチで、とても奇妙な世界を描く、なんとも言えないイラストレーターだ。その世界は「かわいい」とか「きれい」とは縁遠く、むしろ見る人によっては気持ちが悪くなるかもしれない類のものだけれど、なぜか絵の下地から笑いが聞こえてくるような感じがあって、人懐こく、長時間見ていても飽きないものだ。
 基本は書籍の装幀画家といっていいと思うが、ミステリが大好きで、かなりの作品がミステリにまつわっている。たとえば、カーの稀覯本として知られていた『エドモンド・ゴドフリー卿殺人事件』などもそうだったりする。
 絵本もかなり書き下ろしていて、河出書房新社でも翻訳が多数出版されている。その関係もあって、日本では絵本作家として知られているようだ。
 このゴーリーさんの作品を、ほとんど独力で集めてきたのが濱中利信さん。たまたま、彼とは個人的な知り合いなのだが、ごくごく普通のサラリーマンさんだ。失礼ながらたいへん真っ当な生活をされている。
 そんな「普通人」がゴーリー装幀の原書の数々、ポスター、限定品のグッズなどをこんなにも集められるとは!
 これがまさにライフワーク。コツコツやっていれば、このような世界的レベルのコレクションが出来上がる。素晴らしいことだ。
 そんな個人的なコレクションを公開したのが、この試み。銀座八丁目の裏町、ビル地下2階のしぶいロケーションのヴァニラ画廊は、ちょっとぶっ飛んだ作家、作品の展示でカルト的な人気のギャラリーということだが、とてもゴーリーさん的な場所でご機嫌だ。
 行ったのがたまたま日曜だったが、どこで聞きつけたか、若い女の子で押すな押すなの行列ができていたほど。
 それにしても、英国のテレビ番組「ミステリー!」の放映十周年記念のモース警部やキャンピオン氏など名探偵10人のイラストを配したポスター、復刻でいいから一枚手元に欲しいなあ。