日々是映画日和

日々是映画日和(64)

三橋曉

 会報の刊行ペースが間遠になって、紹介したい映画が山積み状態。なので、今回はいきなりいきます。

 〈英国王のスピーチ〉で言語療法士を演じたジェフリー・ラッシュが老獪な美術品鑑定士として登場するジュゼッペ・トルナトーレ監督の〈鑑定士と顔のない依頼人〉は、謎めいた女性から舞い込む遺産処分の話が発端。約束の日時に屋敷を訪ねても相手の姿はなく、その後も壁の向こうの隠し部屋から話しかけてくるのみ。好奇心と悪戯心からその姿を盗み見てしまうが、その日を境に依頼人は心を開きはじめ、鑑定士は彼女の繊細な美しさに心ひかれていく。
 宣伝で〝極上のミステリー〟と謳った時点で、ハードルは一段高くなる。巧みなミスリードと精緻な作りで、ひとりの男の孤独な人生を浮かび上がらせるあたりは仲々のものなのに、真相が明らかになったあとのカタルシスが今ひとつに思えてしまうのはそのせいか。オートマタ(自動人形)のガジェットとモリコーネの劇伴は実に効果的だが。(★★★)

 ダイヤル911で知られるアメリカの緊急通報司令センターだが、〈ザ・コール 緊急通報司令室〉は、その電話オペレーターが主人公というアイデアをまず称えたい。ベテラン・オペレーターのハル・ベリーは、怯える通報者を判断ミスから不法侵入の男に殺されてしまい、いまだその失敗から立ち直れずにいる。そんなある時、変質者に拉致された少女が、閉じ込められた車のトランクから助けを求めてくるが、聞こえてきた犯人の声に聞き覚えがあることに気づく。
 怯える被害者とオペレーターの緊迫したやりとりや、犯人の割り出しに奔走する警察の捜査を描く前半のサスペンスは文句なし。的確な対応をとっていたヒロインが、やがて極度の緊張感とトラウマから冷静さを失っていく展開も悪くない。それゆえ、エンディングが明らかに蛇足なのは惜しい。監督は〈マニシスト〉のブラッド・アンダーソン。(★★1/2)

 「きみに読む物語」のニコラス・スパークスの原作を、〈マイライフ・アズ・ア・ドッグ〉のラッセ・ハルストレムが映画化した〈セイフヘイヴン〉は、一見してノースカロライナの美しい港町を舞台に繰り広げられる大人のロマンスものに映るだろう。ゆえあって夫のもとを去ったジュリアン・ハフが、妻に先立たれたジョシュ・デュアメルと出会い、傷ついた心を癒していく。しかし、である。観客の足もとをすくうある仕掛けは、小説にも使われる手垢のついたものながら、そのお手並みは心憎いばかり。予備知識なしでご覧いただきたいので多くは語らないが、このサプライズは、間違いなくミステリ映画ファンの頬を緩ませる筈だ。(★★★1/2)

 仲間を庇って長い刑期を勤め、出所したばかりのアル・パチーノ。出迎えたかつての相棒クリストファー・ウォーケンは、そんな彼を持て余しながらも、娼館を訪ねたり、若い娘と酒を呑んだりと、旧友のわがままな望みを黙ってかなえてやる。しかし彼の胸には、ボスから命ぜられたつらい使命が秘められていた。老人ホームにいるかつての仲間アラン・アーキンを訪ねた二人は、夜の町でひと暴れしようとスポーツカーを盗むが。
 〈ミッドナイト・ガイズ〉は、どこか良質の舞台劇を思わせる。かと思うと中盤は、ウェストレイクのクライム・コメディのようでもあり、テンポ良く繰り広げられるドラマが、とにかく観客を飽かせない。老ギャングたちが人生の落とし前をきっちりとつけようとするラストも感動的だ。監督のフィッシャー・スティーブンスは、ドキュメンタリーの〈映画と恋とウディ・アレン〉を製作総指揮した人で、その関係なのか、〈恋のロンドン狂騒曲〉の個性派ルーシー・パンチが娼館の若女主人で登場するあたりも愉快。(★★★1/2)

 ノオミ・ラパスの勢いが止まらない。本国版の方の映画〈ミレニアム〉を監督したニールス・アルデン・オプレヴと再び組んだ〈デッドマン・ダウン〉でも抜群の存在感だったが、ブライアン・ディ・パーマ監督の〈パッション〉では、広告代理店で働く若きクリエーターを溌剌と演じる。野心満々で、クライアントからのおぼえも上々。しかし手柄を美人の上司レイチェル・マクアダムスに横取りされたことから、野心と忠誠心の狭間で揺れ動き、薬物に依存するようになる。そんな時上司が何者かに殺害され、彼女は殺人犯として収監されてしまう。
 殺人事件以降の質感のまったく異なる展開こそが、この映画の真骨頂だろう。バレーの映像や目覚めの瞬間を繰り返すなどの意味深な展開から、物語はミステリ映画の迷宮へと踏み込んでいく。二○一○年のアラン・コルノー監督作品(〈ラブ・クライム 偽りの愛に溺れて〉)のリメイクだが、原典のプロットはディ・パーマにとってお誂え向きで、まるでオリジナル作品のような仕上がり。ヒッチコックの模倣から始まった彼の映画人生におけるある意味到達点といえるかもしれない。(★★★1/2)

 香港映画では、リョン・ロクマンとサニー・ルクという新人監督コンビの〈コールド・ウォー 香港警察 二つの正義〉がいい。夜間勤務中だった五人の警察官が武器を積んだ車両ごと何者かに拉致された。海外出張中の警察長官にかわり、副長官で現場のトップに立つ警視正のレオン・カーファイが陣頭指揮をとろうとするが、五人の警官の中に彼の長男が含まれていたことから、もうひとりの副長官アーロン・クォックは異を唱える。出張中の長官の差配により指揮官は交代となるものの、犯人の指名で受け渡しの場へと赴いた彼は、まんまと身代金を奪われてしまう。
 警察組織における現場と管理部門の対立という構図が柱だが、内部抗争劇へは向わず、組織の威信を問うドラマ作りがなされている。中盤からは拉致事件に副長官の汚職疑惑も加わり、第三者機関の捜査官アーリフ・リーが絡んでくる三つ巴の展開の中、個人の友情、裏切りといったテーマも浮かんでは消えていく。カーファイ、クォックの終始揺ぎない存在感が、ドラマに風格のようなものをもたらしている。(★★★1/2)

※★は四つが満点(BOMBが最低点)です。