新入会員紹介

新入会員挨拶

柊サナカ

 はじめまして、柊サナカと申します。
 佐藤青南様と和泉桂様のご推薦を賜りまして、伝統ある日本推理作家協会に入会させていただきました。ご尽力いただきましたすべての方に、この場を借りて厚く御礼申し上げます。 
 出だしから唐突な話ですみませんが、わたしはデトロイトメノウという宝石がとても好きです。デトロイトメノウは、様々な色が重なって綺麗に層をなしているという美しい宝石で、近年では採掘量も限られているそうです。そのデトロイトメノウは、少々変わったところから採れます。どこかと申しますと、自動車工場の壁です。それも、今のように全自動で塗装されるような最新型の工場ではなく、昔の、人の手によってエナメル塗料を吹き付けるタイプの古い工場、そこの床などへ垂れ落ちた色とりどりの塗料が、長い年月の間に層をなし、工場を取り壊したときに塗料の層の塊が出土するというわけです。それを磨くとデトロイトメノウという宝石となります。
 わたしはそのデトロイトメノウを見たときに、ああ、この石は小説と似ているな、と思ったのです。様々な記憶の堆積が層をなし、それを掘り出して研磨して宝石にする。どう掘り出すか、どの角度で研磨するかはその人次第、そんな宝石の層があることすら誰にも気づかれないこともあります。それも含めて小説に似ている気がします。
 わたしも自分なりにいい石を掘って、美しい形でみなさんにお見せできるように精進します。

 わたしはもの心つく頃から本が好きで、娯楽と言えば本でした。押し入れの二段目に登り、ふすまを半分閉めて、誰にも邪魔されずにお気に入りの本を読むのが好きでした。本を読むと、頭の中の映画館に映画が上映されるように思います。当時、近所には書店が三軒あり(いい時代でしたね!)ここは春陽堂の品揃えがいい、ここは少女小説の棚が熱い、ここは長居してもあまり嫌そうにされないといったように、自転車で次々はしごします。それが終わったら図書館に行き、まず新着コーナーを覗いたあと、著者名のわ行からあ行に向かって見ていくのがお気に入りのコースでした。手持ちの本がなくなったら、父親の文庫本を手当たり次第に読んでいました。
 本は好きでしたが、昔から小説を書いていたかというとそんなこともなく、ただファンタジー小説の構想をノートに書き留めるようなことだけやっていました。世の中にはこんなに面白い小説がたくさんあるのだから、自分が書かなくてもいいじゃないかと、どこかで思っていたのです。
 前職が日本語教師だったため、日本を離れて仕事をしていたときも、スーツケースの中身は大半が本で、追加で段ボール箱に本をつめて送ってもらうということをしていました。
 そんな感じで、どちらかというと書くことよりも読むことの方に関心が向いていたのですが、あるときそれが突然逆転します。出産です。一人目の子が生まれたときに、本はまったく読めなくなりました。子供は可愛いものの、行動は制限され、読書の時間は無くなり、自分のペースでは何もできなくなりました。
 一人目がイヤイヤ期に入り、二人目がお腹の中にいるときに、突然思い立って夫に「わたしはここ三年のうちに作家としてデビューするので、ポメラを買います」と宣言し、女の子たちが離島で婚活のため拳と拳で決着をつける話を書き始めました。妊娠中はホルモンバランスが崩れるため、ジェットコースターのように気分が上がり下がりします。お腹の子もぐりぐり動き回る中、上の子をおんぶであやし、異様なテンションで女の子たちの死闘を書いていたように思います。今思えば胎教にあまりよろしくないですね。プリントアウトして応募した次の日に出産というスケジュールでした。
 書いたその話で、宝島社の「このミステリーがすごい!」大賞、隠し玉「婚活島戦記」で二〇一二年にデビューしました。デビューした当時は行間に血の臭いが漂い、一文字一文字が内臓に響くようなバイオレンス作家志望でしたが、十年経とうという今は、人情と人の心のふれあい、やさしさとあたたかさを主に物語を書いています。
 厳密に言うと、わたしが今書いている話はミステリーというジャンルではないかもしれませんが、何らかの驚きがあったり謎のある展開がわたし自身とても好きなので、ミステリーの世界に学びつつ、面白いものを書こうと心がけています。
 この伝統ある日本推理作家協会の名に恥じぬよう、しっかりと創作に向き合っていきたいと思います。皆様どうぞよろしくお願いいたします。