日々是映画日和(160)――ミステリ映画時評
風邪気味を引きずり、外出を見合わせたこともあって、年の瀬は試写も含めてたっぷりとネット配信のお世話になった。そんな中で、大晦日に観た2023年締めくくりの一本は、その日に配信が開始された台湾映画『この心亡き者』である。
河原で見つかった外国人女性の変死体には心臓がなく、左の薬指を切断されていた。不法就労者と推測されたが、その頃、一人の女性が音信不通の妹を訪ねてタイからやって来る。彼女は、妹の恋人リン(イーサン・ルアン)と共に、妹の行方を探し始める。一方、警察は死体の身元を突き止め、リンに疑いの目を向けていた。
観終えてすぐに冒頭に取って返し、改めて気がついたのだが、思いのほか伏線は多く、序盤に真犯人もきちんと顔を出している。しかし、それほどミステリ映画を意識しながら効果を挙げていないのは、やはりプロットの肌理が粗いからだろう。一度観ただけではどこか判然としないし、移民問題の社会性を絡めたことで、虻蜂取らずに終わっているようにも映る。
ただし、自殺した許婚者への思いを断ち切ることができずにいる女性警部補(チャン・チュンニン)のヒロイン像は強い印象を残す。捜査中の事件とシンクロし、フラッシュバックに悩まされながらも、彼女は再生の道を歩んでいく。そこに新米警官とのバディという要素も加わるのだが、登場人物たちの持ち味を十分活かせぬまま終わってしまうのが、なんとも惜しい。(★★1/2)*Netflixにて12月31日配信開始
小劇場の人気劇団が次回公演のために行うメインキャストのオーディションという触れ込みで、海辺のバンガローに若い男女七名が集められた。『ある閉ざされた雪の山荘で』というシチュエーションのもと、四日間のオーディションがスタートする。東野圭吾の同題原作は、演出家の意向で外部と接触を禁じられるというユニークなクローズドサークルものだ。
到着の翌朝、シナリオを伏せたミステリ劇の幕が切って落とされる。前夜ピアノを弾いていた笠原(堀田真由)が姿を消していたのだ。一同には、彼女は絞殺され退場したとの情報が告げられる。ただ一人外部から参加の久我(重岡大毅)は、前回公演で笠原に役を奪われた中西(中条あやみ)とともに現場を検証し、役者たちのリーダー格である本多(間宮祥太朗)に、身を守りアリバイも確保するため、同室となることを提案する。しかしさらに一夜明けると、今度は元村(西野七瀬)が姿を消してしまう。
原作刊行当時とは世の中も様変わりしたし、そもそも原作には映像化が難しい課題もある。それをものともせずに、ケレン味で攻める演出が冴えている。虚構である筈の連続殺人が現実の脅威となっていくサスペンスを基調に、原作のゲーム性をあの手この手で視覚的に再現するという遊び心もたっぷり。小説の映画化を一種の二次創作と捉えた成功例だろう。(★★★1/2)*1月12日公開
多言語国家のインドでは、しばしば人気映画が異なった言語でリメイクされる。『ヴィクラムとヴェーダ』もその一つで、今回公開されるのは、当初二〇一七年にタミル語で製作された大ヒット作(『ヴィクラムとヴェーダー』)を国家の公用語ヒンディー語で再映画化したものだ。
やり手の警部として捜査チームを率い、悪の殲滅のためなら手段を選ばないヴィクラム(サイフ・アリー・カーン)を、いきなり自首してきた名うての悪党ヴェーダ(リティク・ローシャン)が戸惑わせる。善と悪の曖昧な境界線について語り掛けて挑発し、あろうことかヴィクラムの妻プリヤー(ラーディカー・アープテー)を自分の弁護士として雇ったのだ。
イントロのアニメーションからも窺えるが、主人公二人の問答形式は、インドの有名な説話集から採られているようだ。それぞれの過去を回想するという形で、悪しき正義と善なる悪業の紙一重のあわいが、浮き彫りにされていく。
監督・脚本は、先のタミル語版を撮ったプシュカル&ガーヤトリの夫婦コンビで、再登板ということもあってか、物語の流れはそのままに、論点が整理された印象がある。先の読めない展開や、切れ味抜群のアクション場面に加え、この国のお家芸ともいうべきダンスシーンや、これ以外は考えられないラストシーンまで、二時間半を飽かさずに見せてくれる(★★★1/2)*1月6日公開
「ハント」の共演者で、監督としてもデビューを果たしたイ・ジョンジェの向こうを張るかのように、チョン・ウソンも自ら主演しメガホンを握ったのが、『ザ・ガーディアン 守護者』だ。
十年の懲役刑を務め、出所したスヒョクは、かつて愛した女には幼い娘がおり、その父親が自分であることを知る。ボス(パク・ソンウン)は、彼を再び組織に引き入れようとするが、足を洗いたいと断る彼に刺客が差し向けられる。女を殺され、娘を連れ去られた彼は、わが子奪還のために命を懸ける。
意外と言っては失礼だが、新米監督としていい感じに肩の力が抜けている。自身が演じる主人公が類型的なのと好対照に、殺人カップルよろしく暴走する殺し屋(キム・ナムギル)と恋人、小悪党を絵に描いたようなボスの手下(キム・ジュンハン)らを個性たっぷりに描いているのだ。どこか憎めない味のある脇役たちは、古き良き邦画のプログラミング・ピクチャーを思わせる。まずは合格点の監督デビュー作だろう。(★★★)*1月26日公開
※★は最高が四つ
最後に年頭吉例の昨年のベストを。今年もまた、いい映画と沢山めぐり会えますように。
「シャドウプレイ[完全版]」
「FALL フォール」
「別れる決心」
「少女は卒業しない」
「怪物」
「ナチスに仕掛けたチェスゲーム」
「イビルアイ」
「兎たちの暴走」
「ハント」
「BAD LANDS バッド・ランズ」
「オペレーション・フォーチュン」
「私はモーリーン・カーニー 正義を殺すのは誰?」
「毒戦 BELIEVER2」
「怪物の木こり」