松坂健のミステリアス・イベント体験記

健さんのミステリアス・イベント体験記 第31回
コナン・ドイルとオーストリアミステリ、ふたつの国際交流イベントに出席
『コナン・ドイル書簡集』監修者チームとの交流パーティ
2013年3月23日 ホテルメトロポリタン・エドモントにて
『アンドレアス・グルーバー氏講演と朗読の会』
2013年3月29日 オーストリア大使館にて

ミステリ研究家 松坂健

 ミステリの世界での国際交流イベントがふたつ連続して行われた。いずれも、民間ベースだが、こういうことが絶えず行われていることが、日本のミステリの国際化にいずれはつながってくると思うので、主催者側の地の塩的な労を謝したいと思う。
 ひとつめのイベントは、シャーロッキアンの集い。日本シャーロックホームズ協会(JSHS)には、いくつか支部があるが、そのひとつBHL(BLACK HEADED LEAGUE:黒髪組合 の略とのこと)が、コナン・ドイル伝の画期的な成果といわれる『コナン・ドイル書簡集』(東洋書林刊)の3人の編者を日本に招いたものだ。
 この本は、"ConanDoyle:ALIFEinLETTERS"という原題でも分かるとおり、書簡で綴ったドイルの生涯というべき仕立てになっていて、編年体で並べられた詳細な注釈つきの書簡を読んでいくうちに波乱にとんだ彼の一生をたどれるようになっている。書簡集などは本来通読するのが苦痛以外のなにものでもないが、これはするする読めるだけでも値打ちものだ。
 注釈などの校訂作業にあたったのが、伝記ノンフィクションライターのダニエル・スタシャワー氏(『コナン・ドイル伝』でMWA評論賞部門受賞)と文献学の大家、ジョン・レレンバーグ氏、そしてドイル一族の血をひくチャールズ・フォーリー氏の三人だ。三人とも世界で最も排他的なクラブのひとつともいわれるBSI(ベーカー・ストリート・イレギュラーズ)の会員というのは、さすが。
 残念ながら、スタシャワー氏だけはリンカーンを扱った歴史ものの出版を終えたばかりで、全米の書店セールスツアー実施中とのことで、来日がかなわなかった。
 パーティは2013年3月23日、東京・飯田橋のホテルメトロポリタン・エドモントにて挙行。若林孝彦BHL共同代表の挨拶で始まり、光文社文庫でホームズの完訳をされた日暮雅通氏の司会で進行した。
 参加者はホームズクラブ関係者を中心に、ミステ研究家など50名程度で、こじんまりしたものになった。
 メインのイベントは、レレンバーグ氏による、ドイルものの新発見で、彼が20歳すぎに志願して行った足かけ2年に及ぶ北極海への航海でつけていた個人的日誌の紹介。これまで存在は知られていたものの筆跡の解読などの手間があって、なかなか公刊される機会がなかったものを、三人の編者が解読、豪華な本として出版にこぎつけたものだ(本のタイトルは"DangerousWork")。この本にはドイル自身の手になるイラストが豊富にあり、臨場感たっぷりの仕上がりになっている。
 レレンバーグ氏はこの航海記には、ワトソン博士のモデルと思しき船医の存在もあるし、なによりも「僕は北緯80度で大人になった」というドイル自身の回想があって、その後の彼の冒険的な人生の底に流れる感情の源泉を知るのに重要と語っている。パワーポイントを使った講義をドイルの妹さんの家系にあたるチャールズ・フォーリー氏がにこやかに眺めるという構図だった。
 全体に、終始和やかなパーティでコージーなものだったが、勝手に主催者側の気持ちを代弁させてもらうと、いまいち出版社からの反応が薄かったのが残念だったとのこと。
 もうひとつの国際イベントは、珍しくもオーストリア・ミステリ関連。
 先日、創元推理文庫で刊行された『夏を殺す少女』の作者、アンドレアス・グルーバー氏の講演と朗読の夕べが、東京・元麻布のオーストリア大使館で行われたもの。
 欧米では新作を出した作者が各地を回って、自作の一部の朗読会を開き、ファンとの交流会を持つことが普通だが、このイベントはそれを踏襲したものだ。通訳・司会は翻訳を担当された酒寄進一氏があたったが、その内容は以下の通り。
 グルーバー氏は1968年生まれ、ウイーン経済大学を卒業後、製薬会社に職を得、今も週25時間の勤務を続ける兼業作家とのこと。同僚との摩擦はなく、製薬業界という背景を生かして、編中に使用する毒物の知識を社内で問い合わせると「今度は誰を殺すのかい」と冗談が出るほどとのこと。
 最初はラブクラフトのクトゥルフ神話に魅せられホラー短篇からのスタートだが、クライムの分野に進出した第一作がこの『夏を殺す少女』だった。
 グルーバー氏いわく、今、ドイツ語圏のミステリは、どちらかというと地方都市などきわめて限定されたエリアを舞台にしたローカルミステリが主流だが、自分自身は犯罪は国境を超えるものと捉え、ダイナミックな地理的な背景を持つものにしたかったとのこと。事実、このミステリも"海なしの国"なのに、重要なシーンは北ドイツの北海の海浜リゾートだ。
 お国柄のエキゾティシズムに頼るのではなく、犯罪のダイナミックな動きに注目しているあたり、北欧の殻を破って国際的な共感をかちえたS・ラーソンの『ミレニアム』三部作と共通する要素もあるようだ。
 講義と朗読の後、ドローイングルームでの簡単なパーティに移行したが、とてもカジュアルで親しみやすい人柄だ。魚料理が大好きで、日本ではすしを初め、お魚を堪能したとのこと。日本を使ったミステリの構想もあるよ、とウインク。題名はもう決まっていて、"amazon.jp"とのこと。
 単なるサイン会ではなく、こういうイベントは作家とファンの距離を縮める。
 これからも、このような国際イベントがつづいてほしいものと欲張りなミステリファンとして注文しておきたい。