日々是映画日和(58)
三橋曉
寒さも少しゆるんだ三月上旬、今年で第八回を迎える〈大阪アジアン映画祭〉を覘いてきた。二泊三日の旅に、映画だけでなく、芝居、ライブ、さらには友人と旧交を温めるというスケジュールまでも詰め込む強行軍だったが、連日通った映画祭では〈別離〉のレイラ・ハタミが主演するイラン映画〈最後の一段〉など、ミステリ映画の思いがけない収穫もあった。仕事の合間を縫って足を運んだ甲斐は十分にあったと思う。
映画祭のオープニング作品として上映されたジョニー・トーの最新作〈毒戦〉も、今回のお目当てだったひとつ。制約の多い中国本土ロケで撮りあげた本格的なクライム・アクション映画というふれこみだ。麻薬製造業者のルイス・クーは、精製工場の爆発事故で九死に一生を得ながらも、警察に逮捕されてしまう。極刑を畏れ、麻薬捜査班のおとり捜査に協力をするが、彼の機転で厳しい局面を切り抜けつつも、捜査の指揮をとるスン・ホンレイの信頼を得ることができない。捜査官にも犠牲を出しながらの極秘作戦は、苦難の末にやっとターゲットのボスらを一網打尽にするチャンスを迎えるが。
ロケはほとんど天津で行われたそうだが、どんよりと曇った空は大気汚染の酷さが伝えられる北京を思わせる。検閲が厳しいといわれる当局を向こうにまわし、麻薬禍という彼の国の暗黒部分に迫るポリス・ストーリーは、銃撃戦や追跡劇を小気味良く織り込みながら、複雑な絵柄を読み解くように、犯罪捜査の過程を追っていく。個性派が顔を揃える悪役陣が、ジョニー・トー作品らしい賑々しさを見せる一方で、クールなプロフェッショナルを演じ、ときにユーモアも交える中国の俳優スン・ホンレイの堂々たる捜査官ぶりが見事。思いがけない方向に突き進んで地獄を覗かせる幕切れに至るまで、息をもつかせない。日本公開が待ち望まれる。(★★★1/2)
同じジョニー・トーの作品としては、途中に恋愛映画〈高海抜の恋〉を挟んでの前作〈奪命金〉は、金融サスペンスとでも言ったらいいのだろうか。ギリシャ債務問題に端を発するユーロ危機を背景に、気のいいヤクザ者のラウ・チンワン、銀行に勤務する投資信託担当のデニス・ホー、香港警察の警部補リッチー・レンの三つの物語が同時並行の乗り合いバス形式で語られていく。
本作の主題は、先に紹介した〈盗聴犯〉の二作とともに、ニューヨークやロンドンと並んで、香港が巨大な金融都市でもあることを思い起こさせる。裏話として、当初はラウチンのパートのみで撮影が進められていたことが伝えられているが、その後に起きた金融危機を経てエピソードが追加され、タランティーノの〈パルプ・フィクション〉にも通じる本作の形が出来上がったという。収束点へと向かう緊張感は、おなじみの犯罪映画とは別の質感だが、細部にわたって巧妙に仕組まれた脚本をサスペンスフルに束ねる手腕は、さすが巨匠と唸らされる。(★★★)
同じく金に躍らされる人種を描いた〈キング・オブ・マンハッタン 危険な賭け〉は、ニューヨークを代表するヘッジ・ファンドの大物が、投資の失敗と浮気が招いた事故で、破滅の危機にさらされる。彼に恩義を感じる黒人青年の協力で隠蔽工作を企むが、やり手の刑事のダーティな捜査で次第に窮地へと追い込まれていく。
家族こそが宝物であり、誇りだと嘯く主人公をリチャード・ギアが演じ、その妻にスーザン・サランドン、主人公をおびやかす刑事役がティム・ロスを配した豪華な布陣が見どころだが、プロット的には盛りだくさんながら、定石が透けて見え、予定調和の域を出ないもどかしさは否めない。監督は、本作が劇映画デビューとなるニコラス・ジャレッキー。(★★)
"あなたが今、考えたその予想は、絶対に裏切られる"というこの映画の宣伝文句に食いつかないミステリ・ファンはいないだろう。テレビ界出身のドリュー・ゴダード監督のデビュー作〈キャビン〉は、とあるお決まりのパターンで幕を開ける。クリステン・コノリー演じるちょっとマジメな女の子が、友人の誘いで男女五人の休日とシャレこむのが発端だ。山奥の別荘に着いた若者たちは、やがて秘密の地下室で奇妙な日記を発見する。
と、ここまで書けば、ピンと来るだろう。この作品、ホラー映画の定石をなぞってみせているのだ。ひとりひとりと殺されていくお約束の展開が繰り広げられていくが、ほどなくとんでもない仕掛けが観客に明らかにされる。真相の衝撃度は、マニアックなアイデアであるがゆえに、人それぞれかもしれないが、そこからの型破りな展開は、ある種の映画ファンを狂喜乱舞させること必至だろう。近くリメイク作が公開予定の〈死霊のはらわた〉を通過儀礼とした一部の映画ファンには大うけすると思う。
(★★1/2)
英国映画の良心ともいうべきケン・ローチ監督の新作〈天使の分け前〉は、スコッチ・ウィスキーのふるさとスコットランドを舞台に、逆境に育った不良青年ポール・ブラニガンが、裁判官から命ぜられた社会奉仕作業を介してウィスキーの愛好家ジョン・ヘンショーと出会ったことをきっかけにテイスティングの才能に目覚める。それを足がかりに人としての道を見いだしていくという物語だ。
衝撃の史実を暴いてひたすら暗かった〈ルート・アイリッシュ〉とはネガポジの関係にあるとでもいえそうな陽性の作品で、主人公の生き方捜しの旅をポジティブな視点から描いている。途中、社会奉仕で知り合った仲間達とつるんで時価百万ポンドというモルトを狙って酒蔵襲撃に及ぶ展開があって、ケイパー小説のような面白さもある。といっても、あくまで緩い襲撃計画だが。温かなヒューマニズムの中に人生賛歌を描き出すケン・ローチの真骨頂ともいうべき作品だ。(★★★1/2)
※★は四つが満点(BOMBが最低点)です。