松坂健のミステリアス・イベント体験記

健さんのミステリアス・イベント探訪記 第49回
金沢に自家焙煎ミステリーカフェ出現!
そして「冥土のみやげ展」も見逃せない
うらめしや~、冥土のみやげ展
2015年7月22日~9月13日
東京藝術大学美術館にて

ミステリ研究家 松坂健

 今年上半期の世間的トピックといえば、北陸新幹線の金沢延伸があるだろう。僕も金沢を目指したが、駅舎の中の混雑ぶり、これは平日でもたいへんなもので、今年の観光は金沢の一人勝ちの印象だった。これを仮に集合Aと名付けておく。
 飲食の風俗で話題を探ると、コーヒーのサードウェーブってことになる。なんだ、それは? と思われる向きも多いかもしれないが、これはコーヒー豆をお店で焙煎し、ネルドリップないしサイフォン式で一杯ずつ立てるコーヒーのことなのである。そんなの昔はコーヒー専門店で当たり前にあったということだが、いつの間にか廃れていた隙をアメリカの野心的な外食産業ビジネスマンに突かれて、あちらでこの一杯立てコーヒーがよみがえったのである。名前はブルーボトルコーヒー。これがこの春、東京にオープン。それがきっかけで、新たに自家焙煎コーヒー店が増えてきた。このブームを集合Bとしておこう。
 さて、マイナーながら我らミステリの業界だと、静かなブームが「読書会」だ。翻訳ミステリの普及に熱心な研究家や翻訳者さんがボランティア的な活動で支えていることもあるが、今、地方都市でも様々な読書会が行なわれているようだ。そんな現象があるということで、これを集合Cとする。
 ここで問題。集合A、B、Cを円にして重ね合う部分に何があるか。
 AかつB、つまり金沢にある自家焙煎コーヒー屋さんの数は十軒やそこら出来ていると思うけれど、そこに集合Cの条件、ミステリの読書会のような地の塩的な努力を続けているところといえば、たった一軒に絞られる。それが、今回のテーマである金沢「謎屋珈琲店」ということになる。
 金沢駅前にあるホテル日航金沢の裏手にかつては栄えた通りといわれる別院通りがある。昔はアーケードもあった買い物ストリートだったらしいが、今は二階建ての商家が並んでいる。それなりの風情で、そこにある「懐かしさ」は僕には香林坊や兼六園の雑踏よりも好もしいものだ。
 その一角に今年の2月25日、「日本初の自家焙煎ミステリーカフェ」と銘打ったお店をオープンしたのが郷司(ごうじ)峰義さん。元々は工学部出身のエンジニアさんとのことだが、ミステリ熱が嵩じて、金沢のミステリー読書会に参加したり、時にはミステリ各賞に応募もしている。
 そんな人のお店だから、ミステリファンにはたまらない趣向が。
 まずはメニュー名を御覧じろ。
 謎屋ブレンドは普通だが、焙煎の度合いでエラリー・クイーンズアメリカンブレンド、ポワロズマイルドブレンドときて、マーロウはストロングブレンドとくる。
 特別なオリジナルスイーツが凝っていて、真四角な箱型のガトーショコラが「黒いトランク」、クッキーが「二銭銅貨」、コーヒーゼリーが「匣の中の失楽」、パフェが「甘美なる死」とくるから、嬉しくなるではないか。
 そして、売り物のひとつが月替わりの「お客さんへの挑戦状」。毎月、暗号が仕掛けられていて、正答者には名探偵ブレンド注文の権利と100円の割引券プレゼントがある。
 ところどころにミステリの本が飾ってあり、一角にはすでにお店を訪れたミステリ関係者の方々のサイン入り著書などが展示されているコーナーもある。
 ご主人の郷司さんの爽やかなお人柄もいいし、金沢に行く機会のあるミステリファンにはぜひとも寄っていただきたいお店である。
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 もうひとつ、東京・上野の東京藝術大学美術館で行われている(9月13日まで開催)、真夏らしい展覧会をご紹介。
 「お化け」の絵を一堂に介した「うらめしや~、冥途のみやげ展」がそれ。
 明治の噺家、三遊亭圓朝さんは「牡丹灯籠」「真景累が淵」など怪談噺を得意としていたが、一方で幽霊の描かれた絵画の収集家でもあり、そのコレクションは東京・谷中の寓居、全正庵に50幅ほど残されている。そのコレクションを中心に各界から幽霊画を集めたものだ。総数150点以上。
 これほどのスケールで日本の幽霊さんたちを見られる機会はないと思われる。
 日本の幽霊の本質は「うらみ」。その妄念が美に変わるというのが、素晴らしいことだ。今回の展示は照明も凝っていて、見ごたえ十分。こちらにも注目を。