日々是映画日和

日々是映画日和(77)

三橋曉

 P・D・ジェイムズとルース・レンデル。マーガレット・サッチャーの例に倣って、鉄の女性作家とでも呼びたくなる二人の相次ぐ訃報は、ミステリファンをずいぶんと寂しい気持ちにさせた。本人たちがどれだけ意識していたかはわからないが、両人がライバル関係にあったことは想像に難くない。それぞれがミステリ界に残した功績に甲乙は付け難いが、ただひとつ、レンデルに軍配を上げていい事があるとすれば、作品の映画化だろう。映画になることの少なかったジェイムズの小説に対して、レンデル原作の映画は監督運に恵まれたこともあって、『沈黙の女/ロウフィールド館の惨劇』、『石の微笑』(以上、クロード・シャブロル監督)、『ライブ・フレッシュ』(ペドロ・アルモドバル監督)と成功作が多い。

 短篇「女ともだち」を下敷きにした、フランソワ・オゾン監督・脚本の『彼は秘密の女ともだち』も、その新たな成功例に数えていいだろう。少女時代からの親友ローラがいまわの際に彼女に頼んだのは、生まれて間もない赤ん坊と夫のことだった。ヒロインのアナイス・ドゥムースティエは、しばらくして二人の様子を伺いに立ち寄るが、そこで亡き友人の服を着て子どもの面倒を見る寡夫のロマン・デュリスの姿を目にする。彼の女装癖という秘密を秘かに共有することになった二人の距離は、不思議な女ともだち同士として急速に接近していく。しかし、夫のラファエル・ペルソナに秘密にしたことから、彼女は困った立場に立たされることに。
 そもそもは原作に忠実な短編映画を構想したようだが、実現までの長い歳月の間にミステリとしての面白さよりも、女装する男の心理に監督の興味は移っていったようだ。大胆な換骨奪胎がなされているが、トランスジェンダーとはまた違った次元から、女性同士(一方は男だが)の友情の物語として描いたことが吉と出ている。騒動のあとの開かれた未来を予感させる幕切れも心地よい。監督の前作『危険なプロット』と同様に、ストレートなミステリ映画とはひと味違う、自然なサスペンスが見事に物語に寄り添っている。(★★★1/2)※八月八日公開予定

 今回がデビューとなるイ・ドユン監督の『コンフェッション 友の告白』は、男たちをめぐる友情と犯罪のドラマである。中学生時代から仲のいいチュ・ジフン、チソン、イ・グァンスは、今でも事ある毎につるむのが好きな三人組だ。しかし大人になってからの境遇はバラバラで、保険のセールスで羽振りのいいチュに対し、何をやってもだめなイは、酒びたりの日々を送っている。ある時、消防士をやっているチソンの母親から頼みで、チュは保険金詐欺に手を貸すことに。ところがチソンの父が経営するゲーム賭博場に火を放ったものの、手伝ったイがドジを踏んだことから、誤ってチソンの母を殺してしまう。
 『友へ チング』を思わせる部分もあるが、終盤冒頭に置かれた十七年前のエピソードへと立ち返っていく展開なども鮮やかで、複雑なストーリーと人間模様を手際よく脚本がまとめている。ただし、演出のテンポはかならずしも軽快とはいえず、全体として冗長感がある。犯人捜しにやっきになるチソンに対し、裏にまわって画策するチェの動きが風雲急を告げる終盤は俄然面白くなっていくのだが、そこまでに時間が掛かりすぎるのが惜しい。(★★1/2)

 ペドロ・アルモドバルが製作陣に名を連ねているのもこの映画が目にとまった理由のひとつだけど、乗り合わせた旅客機の乗客の誰も彼もが、ある人物の共通の知人だと次々わかっていくというオープニングのコント的作品がツボで、一気に引き込まれた。アルゼンチンのダミアン・ジフロン監督の『人生スイッチ』は、六つの短篇からなるオムニバス作品である。
 いかにもどこかに原作がありそうな作品がずらりと並ぶが、すべてがダミアン監督のオリジナル作品だと知って、まずびっくり。ミステリ的なツイストがあるのは冒頭の掌編だけだけど、残りの作品も、人の感情はひょんなことから爆発したり、暴走するものだと改めて感心させられることしばしば。人間の性(さが)をこれでもかとえぐる、毒のある作品ばかりなので、くれぐれも食傷にご用心を。ちなみに、『瞳の奥の秘密』、『ロスト・フロア』のリカルド・ダリンが、四編目で駐車禁止の釣瓶打ちに怒り心頭の男として出演している。(★★★)

 最後は雑談でお茶を濁します。ミステリ映画とは到底言えない作品の中にも、物好き(つまり私)を唸らせる作品はあるもので、アンヌ・フォンテーヌ監督のフランス映画『ボヴァリー夫人とパン屋』もそのひとつ。出版社にも勤めたこともあるファブリス・ルキーニがパン屋を営むノルマンディーの田舎町に、イギリス人夫妻が越してくる。セクシーな妻ジェマ・アータートンに目を奪われ、彼女を愛読する「ボヴァリー夫人」のヒロインに重ねるルキーニ。しかし彼の妄想は、思わぬ事態を招いてしまう。ほのぼのとしたコメディだと思っていると、終盤で畳み掛けるようなエレファント型ミステリの展開が。こういう遊び心ある映画は、純粋なミステリ映画よりも実は贔屓かも。
 もう一本、イラン出身のバフマン・ゴバディ監督の『サイの季節』は、モニカ・ベルッチも出演している巨匠スコセッシの折り紙つきという重厚な文芸映画だが、後半で突如明らかになる人間関係に、思わず膝を打つ。こういう不意討ち、好きだなぁ。
※★は四つが満点(BOMBが最低点)。公開予定日の特記なき作品は、公開済みです。