新入会員紹介

入会のご挨拶

天城光琴

 このたびは日本推理作家協会の末席に加えて下さり、ありがとうございます。私、天城光琴は、『凍る草原に鐘は鳴る』にて、第29回松本清張賞を受賞しデビューいたしました。刊行されたのが7月5日、本協会の入会申込書を事務局にお送りしたのが6月末のことです。我ながら随分と前のめりだと思いますが、本協会から発行された『ミステリーの書き方』という本に出会った高校生の時から、ずっとこの協会に憧れていたのです。
『ミステリーの書き方』は、小説講座に一切通わなかった私に、物語の書き方を教えてくれました。本屋で真っ先に目に入る本を書いている先生方が、その舞台裏を見せてくださるなんて、夢のようでした。特に、大好きな伊坂幸太郎先生の『陽気なギャングは地球を回す』『グラスホッパー』が、あまりプロットを作らずに書かれたという告白に仰天しました。あの緻密な作品が!私には、ミステリーは事前に入念に練り込むものという思い込みが強かったのです。
 そして、第一線で活躍している先生方がミステリーの書き方を明かすという、史上最高に刺激的な本を熟読しておきながら―いや、だからこそでしょうか。私にはミステリーを書ける気がしませんでした。特に絶望が深まったのは、ミステリー作家は古今東西の作品に通じていなければならないということを知った時です。これは降参だと思いました。恥ずかしながら、海外の本格古典ミステリーは苦手なのです。それでもかろうじて挑戦はしてみたものの、結局、多くの本にしおりを挟んだまま大学生になってしまいました。
 考えが変わったのは、法医学の講義を取った時です。講義では、年齢や死亡時刻、凶器などをどのように特定しているのかを知りました。それだけではありません。特定の傷を手掛かりに、自殺か他殺かが分かることもありますし、何と焼死体の偽装も暴けるというのです。これが興奮せずにいられるでしょうか! 今までは頑なに「グロいものは苦手だから、ホラー映画は一切見ない」と言っていたのはどこへやら、私はすっかり法医学の虜になってしまい、モンゴルのホームステイでも、羊の解体作業に自分から飛んで行くほどでした。ホストファミリーからは、「放牧もまともに出来ないくらいもやしっ子なのに、どうして羊の解体だけは平気なのだ」と、ちょっと引かれてしまいましたが。
 私をすっかり変えてしまった教授は、作家志望ということを面白がってくださったのか、個人的に色々なことを話してくださいました。特に、法医学者の仕事は殺人事件の究明だけではなく、震災の後に被災地に赴いてご遺体の個人鑑別も行うのだといったことを知り、私のなかの何かが動きました。
 それから、大地震に見舞われた架空の国を舞台にした短編『屍析師』を書き、オール読物新人賞に応募しました。受賞は逃したものの、選考委員の先生から「世界観は面白い」という肯定的な評価をいただけたことで、自信に繋がりました。本格ミステリーは書けなくても、新しい世界なら広げられるのだと思ったのです。選評をくださった先生方には、この場を借りて御礼申し上げます。
 今、ミステリーには多くのジャンルが乱立しています。ファンタジーとミステリーという組み合わせすら、既存のものです。しかし私は、異世界の謎解きを心から楽しむことが出来ません。どうしてか考え、気付いたのです。私は、謎よりも、その謎の周辺にある人の感情の方に興味があるのだと。倫理も制度も異なった架空の社会の中で、人の死という大きな出来事に付きまとわざるを得ない、切実で見逃しがたい思いを捉えたいのだと。
 そう思った時、人の感情をも「謎」の一部として扱ってきたミステリーというジャンルの、懐の深さを知りました。そして私も、いつかその末端を担いたいと思ったのです。
 まだ第二作も鋭意執筆中のなか、『屍析師』がいつ日の目を見るのか分かりませんが、世に出た時には、中をめくっていただければ幸いです。そのためにもまずは、私自身が作家として地に足つけるよう、精進しなければなりませんが。